本研究は、妊孕性温存に関する意思決定をした女性がんサバイバーの体験世界を現象学的アプローチに基づいて記述することを目的とし、生殖年齢にある8名の乳がんサバイバーにインタビュー調査を実施した。得られたデータのうち、30代半ば~40歳時に妊孕性温存ができた既婚の乳がんサバイバー4名について女性の生き方に焦点をあて記述し、M.ハイデガーの「存在と時間」における人間のありようを基盤とし考察した。乳がんサバイバーの妊孕性温存に関する意思決定過程における女性の生き方は、産む性(自らの遺伝子を受け継ぐ子どもを自ら産み育てる可能性)をめぐって妊孕性温存の意思決定の局面と受精卵の移植を現実的に検討する局面でその可能性をどのように捉え、どのように向き合って生きていくのかを決めていく体験であった。受精卵凍結保存までの過程では、「産む性の低下を意識する」、「産む性を閉ざす」、「産む性に覚醒する」、「産む性の保持にかける」の4つのテーマが見いだされた。がん診断により、自らの生命と妊孕性喪失の危機を覚えながら、妊孕性温存に関する情報を得るこの時期は、感情が大きく揺れることが特徴であった。受精卵移植を現実的に検討する過程では、「がん患者である自分の産む性に対峙する」、「自分なりに産む性をいかす」という2つのテーマが見いだされた。この時期は、がん患者が子どもをもつことの意味を自ら問い、葛藤・迷いが生じやすく、長期的支援の必要性があることが示唆された。今年度は、遺伝性乳がんサバイバー、受精卵移植をしたが妊娠に至らなかった乳がんサバイバーの語りの分析をすすめた。乳房、卵巣の予防切除の選択と妊娠・出産を試みる時期の調整の困難さ、卵子ドナー、代理出産の是非が語られており、より複雑な意思決定支援が求められる遺伝性乳がんサバイバーへの支援プログラム開発やがん生殖医療に内在する倫理・法的課題の検討の必要性が示唆された。
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