研究課題/領域番号 |
15K11916
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研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
森田 啓之 岐阜大学, 大学院医学系研究科, 教授 (80145044)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 過重力 / 微小重力 / 前庭-血圧反射 / 卵形嚢 / 球形嚢 / 前庭神経節 / RNAseq / ChIPseq |
研究実績の概要 |
宇宙滞在による前庭-血圧反射の低下: 4-6ヵ月間国際宇宙ステーションに滞在した6名の宇宙飛行士において前庭-血圧反射の感度を検討した。宇宙滞在前(Pre)は60°起立時の血圧はよく保たれていたが,帰還1-4日後(P1)および2週間後(P2)には低下し,2ヵ月後(P3)にはPreと同様な応答を示した。前庭-血圧反射の大きさは,Preは150 ± 19 mmHg・20 sであったが,P1およびP2では-45 ± 18 および-46 ± 41 mmHg・20 sと有意に低下し,P3では118 ± 40 mmHg・20 sとほぼPreの値に回復した。以上の結果,宇宙滞在により前庭-血圧反射の機能が低下し,このことが帰還後の起立耐性低下に関与している可能性が示された。 過重力環境が耳石感覚上皮および前庭神経節の遺伝子発現に及ぼす影響: レーザーマイクロダイセクションを用いた組織採取とRNAシークエンシングを組み合わせた解析法を開発し,球形嚢,卵形嚢と前庭神経節の遺伝子発現解析を行なった。1 g環境下飼育マウスと2 g環境下飼育マウスとの比較では,前庭神経節で発現が変化する遺伝子はほとんどなかったが,球形嚢,卵形嚢の感覚上皮では多くの遺伝子が変化した。球形嚢で変化する遺伝子には複数の難聴関連遺伝子(Gjb2,Cochlin,Ptprq)があった。これらの事から,蝸牛の感覚上皮・有毛細胞と類似の機能が球形嚢で変化していることを示唆し,めまいを伴う難聴などの発症機構と関連する可能性がある。卵形嚢では,球形嚢とは異なる遺伝子群が変化していた。そのなかで,miR-183は内耳神経,三叉神経などに限局して発現し,さらに,その標的遺伝子には軸索伸長,ポストシナプティックなシグナリングに関わる因子が複数あり,感覚上皮からのシグナル伝達制御を行っている可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以前私たちが報告した過重力環境下飼育ラットで見られた前庭-血圧反射の調節力低下が,国際宇宙ステーションの微小重力環境から帰還した宇宙飛行士においても認められた。この結果は,重力変化の方向は逆であっても,前庭系に及ぼされる変化は同じということを示唆し,前庭系の可塑的変化を調べるに際して,微小重力の代用として過重力を使用できる可能性を示唆するものである。 また,微少なサンプルの遺伝子解析をするため,レーザーマイクロダイセクションとRNAシークエンシングを組み合わせた解析法を開発し,球形嚢,卵形嚢と前庭神経節の遺伝子発現解析が可能となった。この方法を用いることにより,重力環境変化により引き起こされる前庭系の可塑性が,受容器レベルで起こるのかまたはその後の神経回路で起こるのかの検討が可能となった。さらに,国際宇宙ステーション内の微小重力環境に35日間の滞在したマウスの末梢前庭器および前庭神経核のサンプルを採取しており,1 g,2 g,微小重力環境下飼育マウスの遺伝子発現を比較することにより,逆方向の重力変化が末梢前庭系に及ぼす変化を解析することができる。 これらの成果により本年度の成果はほぼ達成できており,計画は「おおむね順調に新訂している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
前庭-血圧反射の調節力低下が,前庭系の受容機構自体の変化によるかどうか,またそうであれば,耳石系あるいは半規管系どちらの変化によるものであるかを調べるため,卵形嚢を介する誘発電位であるoVEMP,球形嚢を介する誘発電位であるcVEMP,半規管系を評価するcaloric testを組み合わせた宇宙飛行士実験を計画し,NASAのJohnson Space Centerに実験のセットアップを完了した。29年度後半から宇宙飛行士のデータ採取を実施する予定である。 さらには,この人体で起こるであろう前庭系の変化をより詳細に調べるため,国際宇宙ステーション内で35日間飼育したマウスの骨迷路(卵形嚢,球形嚢,前庭神経節)と前庭神経核を採取済みである。29年度はこれらのサンプルと地上対象群,過重力環境下飼育群のサンプルを比較することにより,1 gから「+」方向への重力変化および「-」方向への重力変化が末梢受容器レベルに逆方向の変化を引き起こすのか,あるいは同方向の変化を引き起こすのかを検討する。
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