研究課題/領域番号 |
15K12076
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
星野 隆行 東京大学, 大学院情報理工学系研究科, 講師 (00516049)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 表面筋電位 / 予備緊張 / 踏み外し / 歩行 / 視覚 |
研究実績の概要 |
ヒトが行っている適切な運動の計画と実行は,各種感覚器官から外界の情報を取得・統合する機構に基づいており,そのため知覚と実際の物理的環境に齟齬がある場合は誤った運動を引き起こすことになる.これが実生活上で問題となるのは,段差を降下する運動など転倒につながるリスクが高い場面である.従来においても落下や段差を踏み外す動作に関して多くの研究がなされてきたが,踏み外し動作を再現する従来手法では視覚情報を完全に遮断するため,視覚に齟齬が生じ踏み外す現象を実験手法上再現することは困難であった.そこで本研究では,リアルタイム3次元運動計測とHead mounted display (HMD)を用い,運動中の視覚的錯誤生成システムを構築した.本システムは踏み外し動作の再現に必要な機能として,誤差 1cm 未満の身体位置測定精度,正答率 90% 以上の奥行き再現精度,100ms 未満の遅延時間を十分に満たされることを確認した.本システムを用いて段差踏み外し動作を解析した結 果,踏み外し時(予期した踏み外し高さを踏み抜いた時刻)には反射的な筋活動が生じることが示され,この反射的な筋活動は遊脚よりも支持脚で顕著に見られたことから,踏み外し時の修正戦略では支持脚がより重要な役割を担うことが示唆された.また,この結果を利用し踏み外し有無の判別に平均正答率0.8で成功した.正答率は被験者毎にばらつきはあるものの今回解析対象とした筋計測部位および特徴量は,踏み外しの修正動作を検出しうるものであり,主観報告によらず客観データから段差を踏み外すという転倒リスクを評価することに有用であることを示したものである.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リアルタイム3次元運動計測とHMDからなる視覚的錯誤生成システムを用いて段差踏み外し動作の再現と解析を行うことで,段差踏み外し時には特徴的かつ反射的な修正戦略が存在することを示した.今回開発したシステムは身体性と環境再現性が研究目的に十分に担保されていることを検証し,段差踏み外し動作の再現が可能であること示された.踏み外し動作を再現した実験では,筋活動と着地時衝撃のデータから段差踏み外し動作が再現できたことと,踏み外し時に特有な不随意の反射的応答が存在することが示された.また,踏み外し時には,支持脚の内側広筋では活動が急激に減少し,腓腹筋と前脛骨筋は相補的な関係の下でいずれかの筋活動が増加し,遊脚では腓腹筋と前脛骨筋が互いに拮抗するように筋活動を調整することがわかった.これらの結果を応用した転倒リスクを予測・評価するシステムが可能であると考え,上記の反射的な筋活動を特徴量として,踏み外し有無を判別できることを示した. しかしながら,倫理的な問題から被験者には実験前に視覚提示した段差とは異なる高さの段差を下りる可能性を告知しるため生じる心理的負荷の影響,HMDを用いた実験系によるは裸眼と異なる視野,視覚となる状況より生じる影響を完全に排除しきれず,限られた範囲内の段差高さ条件のみで成立可能な系であるという点に留意して結果を解釈する必要がある.
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題としては,(1)段差踏み外し時の特徴量から段差踏み外しを未知データから検出できるような検出器を開発する,(2)心理的要因の影響を軽減する実験デザインの構築,(3)3次元運動計測の応答速度や位置計測精度の向上に取り組む必要がある. 本年度では段差を踏み外した瞬間以後の修正動作を主要な解析対象としており,主観報告に頼らず客観データから被験者が踏み誤ったことが検出できるようになった.この結果は知覚運動制御のメカニズムを知る上では興味ある結果ではあるが,転倒リスクを事前的に予測するインタフェースを開発する上では,踏み外し前の運動計画と実空間との齟齬を検出しうる特徴量を事前的な予備緊張から見出す必要がある.本年度の研究計画を延長し踏み外す前に何秒後に踏み外すか否かを判別する解析に取り組んでいるところである.また,よりリアルな転倒体験を被験者に体感させることにより,予期しない状態からの転倒や踏み外し動作などを解析対象とする必要がある. 今回得られた踏み外しからの修正戦略に関する知見が,踏み外し時の転倒・転落リスクの軽減に寄与するシステムへ展開していく必要がある.本システムでは,運動中に任意の視覚情報を操作することで,視覚情報に基づくヒトの知覚運動制御機構に介入し,その機構を解析することが可能となった.この原理を用いれば,段差降下時の踏み外し動作に限らず,視覚情報に基づく様々な知覚運動制御機構について知見を得ることができる.したがって,将来的に本システムは,運動計画の誤りによって引き起こされるあらゆる事故に対して,その発生リスクの軽減に寄与するよう開発を進めていく.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初研究計画では,(1)段差踏み外し時の特徴量を探索する,(2)特徴量から段差踏み外しを未知データから検出できるような検出器を開発する,ことを目標としていた.本年度までに(1)の目標が達成されたが,(2)の目標達成に必要なデータ取得の実験セットアップに時間を要している.また,研究成果を論文として刊行するスケジュールが来年度中になることが予想される.これら要因から研究期間延長した.
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