研究課題
低容量の慢性ストレスに対する細胞応答は、バックグランドのストレスの影響や反応が小さいことから、解析が困難であった。我々は放射線を利用して照射線量に応じた細胞のストレス応答の機構解明に取り組んでいる。ヒト正常繊維芽細胞を用いたこれまでの解析から、長期間(31日間)の低線量放射線による慢性的なDNA損傷ストレスでは、損傷応答に必要なエネルギー生産の副産物としてミトコンドリアから活性酸素が持続的に放出され、抗酸化物質グルタチオンを消費し、細胞内のグルタチオン量が減少することを明らかにした。このため、長期低線量放射線を照射した細胞では、細胞内の酸化還元制御異常により活性酸素が蓄積し、酸化ストレスを誘導することを明らかにした。さらに、活性酸素の標的としてAKTの脱リン酸化酵素PP2Aを同定し、活性酸素によるPP2Aの酸化不活性化は、AKTの恒常的活性化と下流の細胞周期制御因子サイクリンD1の分解を抑制することを明らかにした。サイクリンD1の発現異常はDNA複製阻害を介したDNA損傷を誘導し、老化やゲノム不安定性の誘導に関与する。以上より、低線量の放射線の標的としてストレス応答のメディエーターとして知られる細胞内小器官ミトコンドリアの役割を明らかにし、ミトコンドリア由来の活性酸素は、タンパク質の酸化不活性化を介して、細胞周期制御に関わるシグナル伝達に異常を引き起こすことを明らかした。活性酸素の発生源であるミトコンドリアは、酸化ストレスを受けることが予想される。今後は、酸化ストレスによるミトコンドリア機能低下を検討し、長期低線量放射線影響を明らかにする。
2: おおむね順調に進展している
長期低線量放射線照射では、ミトコンドリア由来の活性酸素による酸化ストレスの影響が大きいことを明らかにした。さらに、酸化ストレスが細胞周期制御に関わるシグナル伝達経路を阻害し、サイクリンD1発現異常によるゲノム不安定性の誘導に関与することを明らかにした。得られた研究成果を英語論文としてまとめ、国際誌に発表した。以上のことから、研究は予定通りに順調に進展している。
活性酸素の発生源に存在するミトコンドリアDNA (mtDNA)は、ヒストンタンパク質や一部のDNA修復機構を持たないことから、核DNAと比較して損傷が蓄積することが考えられる。mtDNAの約95%は遺伝子で構成されているため、mtDNAの変異はタンパク質の機能喪失となる。今後は、放射線によるミトコンドリアへの影響の解析が重要であると考える。特に、放射線によるミトコンドリアエネルギー代謝への影響を解析し、放射線発がんに関わる変化を捉える。酸化ストレスによるミトコンドリアの機能不全は、発がん以外にも、老化、様々な疾病(糖尿病、メタボリックシンドローム、心疾患など)の原因となるため、放射線の非がん影響の評価においてもミトコンドリアの放射線応答の解析は重要であると考える。
研究成果の発表ための旅費を予算10万円としていたが、予定額より支出が少なかったため残額20,591円の次年度使用額が生じた。
研究は、計画通りに順調に成果を得ており、前年度使用残額は、成果発表のための旅費として使用する予定である。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (7件) (うち査読あり 6件、 謝辞記載あり 3件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (1件) (うち国際学会 1件)
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