研究課題/領域番号 |
15K12277
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
伊勢 武史 京都大学, フィールド科学教育研究センター, 准教授 (00518318)
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研究分担者 |
銅金 裕司 京都造形芸術大学, 芸術学部, 教授 (00376906)
吉川 左紀子 京都大学, こころの未来研究センター, 教授 (40158407)
徳地 直子 京都大学, フィールド科学教育研究センター, 教授 (60237071)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 生態系サービス / 生物進化 / エコツーリズム / 国立公園、国定公園 / ウェアラブルデバイス / 芸術学 |
研究実績の概要 |
自然環境が現代人の精神的幸福に貢献するメカニズムを探るための研究を実施した。従来の「自然保護ありき」で語られる環境論ではなく、自然環境を心地よく思い、愛し敬う感情について、その至近要因と究極要因を科学的に分析し、なぜ人の幸福には自然が必要なのかという本質的な問いに答えることを研究目的としている。自然が人にもたらす精神的・文化的効用(文化的生態系サービス)を明示的・定量的に調べ、自然に対する気持ちについての普遍性や法則性を探った。芸術学や哲学といった、従来の環境保全研究には縁遠かった人文科学のアイデアにもとづく調査も行った。研究対象地として京都市近郊および京都府北部の京都大学芦生研究林を設定し、得られた知見を具体的な自然環境保全に反映することとした。平成27年度は研究実施計画を基本とした調査研究を実施した。特に、近年の技術革新により開発されたウェアラブルデバイスの活用が特筆される。 【自然と人のこころ:至近要因について】自然公園などへの来訪者が自然体験中に受ける感情の動きについての調査を実施した。被験者に小型ビデオカメラを装着し、GPS装置を携行させて調査対象地を歩行させ、いつ・どこで、何を見聞きしたかを記録した。表情などの変化を分析し、その感情特性の生じた場所の地形や植生、さらには調査の時間帯・季節・天候を考慮し解析した。また、ウェアラブルデバイス「JINS MEME」の運用を開始した。これは眼電位センサおよび6軸ジャイロセンサを備えており、無線通信でデータを転送するもので、調査の精度および効率が向上した。 【自然と人のこころ:究極要因について】人の精神的欲求を自然が充足させるメカニズムをさぐった。文献調査やエキスパートへの聞き取りなどを実施した。4人の芸術家を10月の京都大学芦生研究林に招聘し、自然体験をそれぞれの芸術的視点から自己分析してもらうレジデンス研究を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
自然環境が現代人の精神的幸福に貢献するメカニズムを探るための研究を、至近要因と究極要因の両側面から実施した。事前に提出した研究実施計画を基本とした研究は、以下のとおりおおむね順調に進展している。 至近要因の調査については、ウェアラブルデバイスを用いて、環境条件が人の心理にもたらす影響を、「刺激→反応」の関係を調べる生物学の発想にもとづいて調査した。4月から10月は、被験者にヘルメット搭載型小型ビデオカメラ(ウェアラブルカメラ)を2台同時に装着したうえでGPS装置を携行させて調査対象地を歩行させ、いつ・どの場所で、何を見・何を聞いたかを記録した。その際の被験者の表情や発話をパソコンで再生しながら特定の要素を目視で観測し、感情の変化を分析し(たとえば、人は興奮するとまばなきの回数が減ることや声のトーンが上がることが知られている)、その感情特性の生じた場所の地形や植生、さらには調査の時間帯・季節・天候を考慮した解析を行った。 12月からは、平成27年度の秋に新しく開発されたウェアラブルデバイスである「JINS MEME」の運用を開始した。これは眼電位センサおよび6軸ジャイロセンサを備えたメガネ型のデバイスであり、Bluetooth通信でスマートフォンにリアルタイムでデータを転送するものである。これにより、まばたきの検出精度が飛躍的に向上し、またデータ解析が効率化されることとなった。 究極要因については、人が生得的に持つ精神的欲求を自然が充足させるメカニズムをさぐることで、自然体験が人の幸福に欠かせない理由を分析した。本年度は予備的な調査として、文献調査やエキスパートへの聞き取りなどを実施した。なかでも、4人の芸術家を10月の京都大学芦生研究林に招聘し、2泊3日の自然体験をそれぞれの芸術的視点から自己分析してもらう企画を通し、自然の持つ文化的サービスの人文科学的研究を行った。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度に引き続き、自然環境が現代人の精神的幸福に貢献するメカニズムを探るための研究を、至近要因と究極要因の両側面から進めていく。安らぎ・いやし・興奮・好奇心など、人の感情を動かす環境要因を見出だし、説明するための研究を行う。また、実験や調査の結果を学術論文や一般誌などで公開し、この萌芽的分野の発展に貢献する。 至近要因の調査としては、人が自然に対して抱く生来の欲求を解明するため、調査対象地である京都大学芦生研究林への来訪者の協力を得て調査を行う。たとえば、統計解析に適したSD法にもとづくアンケート調査を行い、森林体験の前後での心理の違いなどを定量化する。また、JINS MEMEを活用した調査を継続する。GPSと地理情報システムを組み合わせることで、これまでは漠然とした調査しかできなかった「人は森のどこで感動するのか」という命題について、高精度な調査を行う。JINS MEMEの開発を行った企業との共同研究も検討し、眼電位センサおよびジャイロセンサのデータから、被験者の集中度合い・リラックス度合いなどを示す指標を応用した研究への発展を見据える。 究極要因の調査としては、引き続き芸術家の協力を得ながら、自然環境の文化的生態系サービスの価値を調べる。たとえば、芸術的価値を見いだした地点をデジタルカメラで記録することで、その場所の位置・撮影時刻・天候などとの関係性の解析が可能になる。さらに、全国の自然公園を訪問して調査を実施し、それぞれの自然公園の共通点と相違点を明らかにする。 本研究の成果を発信する手段として、シンポジウムの開催や、研究の概要の新聞や雑誌での公開などを企画する。特に、本研究に興味を示した京都新聞での取材を受け、一般市民に理解可能な形での研究理念や現在までの成果を公開していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究開始時においては、データを手作業で解析するための人件費を見積もっていた。しかし、平成27年度中に新規開発・発売されたウェアラブルデバイスJINS MEMEによって、手作業の手間を大幅に省略することが可能になった。よって、翌年度以降のより高度なデータ解析のために研究経費を有効活用するものである。
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次年度使用額の使用計画 |
JINS MEMEのBluetooth通信機能を最大限活用した研究を遂行するために、アプリケーション開発のための人件費を使用する。それに伴い必要な周辺機器を整備し、新たな予備実験・調査のための旅費の使用を予定する。
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備考 |
雑誌「ナショナルジオグラフィック」のWEB版に、本研究に関する連載を掲載しています。
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