研究課題/領域番号 |
15K12353
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
乾 賢 大阪大学, 人間科学研究科, 助教 (40324735)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 食嗜好 / 学習 / 行動学的実験 |
研究実績の概要 |
日常的な食物に対する嗜好性形成のメカニズムを明らかにするために、ラットを対象とした行動学的実験を行った。「希少性」という付加価値が食物の嗜好性を増進するのではないかと予想し、食物の種類や呈示方法といった条件が摂食行動に及ぼす影響を調べた。日常的な食物に近く、性質が比較的均一に保たれているものとして、市販されているげっ歯類用の飼料を用いることにした。ペット用であるため栄養素を考慮して、ヒマワリの種、乾燥コーン、粟、人工飼料など様々な素材が含まれていた。これらの素材への嗜好性の違いを調べたところ、ラットはヒマワリの種と乾燥コーンを好んで食べるものの、他の素材は積極的には食べないことが分かった。次に、希少性が食嗜好に及ぼす影響について調べるために、「食べやすさ」をコントロールすることにした。ヒマワリの種については、中身である胚を食べるために皮を剥くという作業をラットは行う。一方、乾燥コーンについては直接食べることができるため、人為的に食べやすさをコントロールしやすいと考えた。具体的には落花生の殻を2つに割り、実を取り出して替りに乾燥コーンを入れ、でんぷん糊を用いて閉じた。完全に密閉せず、少し穴をあけることで中の匂いを嗅ぐことができるようにした。この食材(落花生+乾燥コーン)をラットに与え、食べ方の変化を観察した。ラットは徐々に殻の割り方を学習し、摂食個数が増加し、完食に要する時間は短くなる傾向がみられた。しかし、これらの行動指標については個体差が大きく食嗜好が形成されたとは結論づけられなかった。問題点としては、人為的に作製したものであること、落花生の殻から乾燥コーンを取り出すところを観察するのは非常に困難であることが明らかとなった。そこで現在は、ラットが積極的に摂食するもう一つの素材であるヒマワリの種を用いて実験を行っている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
食嗜好形成の実験パラダイムを行動学的実験によって確立することが平成27年度の当初の予定であった。実験パラダイムを完全に確立したとはいえない状況であるため、計画よりやや遅れていると判断している。申請時の計画では、プラスチック製の小さなエサ箱を用いる予定であった。エサの取り出しやすさが異なる2種類の箱を用いることで、食物の希少性をコントロールする予定であった。市販のプラスチック板を加工して様々なエサ箱を試作したが、ラットはそれらの箱からエサを摂取しなかった。結果として明らかとなったのは、ラットは人工物に対して神経質であり、興味を示さないことであった。このようなラットの性質については予想外のことであり、ラットがエサ箱から食べるようになるにはかなりの時間を要すると考えられた。実験パラダイムの確立という目的からすると、長期間を要するのは望ましくなかったため、エサ箱を使うことを諦めた。次の段階として、より自然物に近いものを使おうと考えたが、その考案と作製に時間を要した。このような経緯は十分にありうることであったため、研究全体にとって大きな問題ではないと考えているが、当初の計画が少し遅れた原因になったことは間違いない。しかし一方で、ラットがどういった素材を好み、どのように摂食するかといった食性については、毎回の実験においてビデオを撮影し、スロー再生による画像分析をすることで様々な情報を得ることができた。この報告書を作成している時点でヒマワリの種が食材として適当であり。食嗜好形成の実験パラダイムを確立することができる方向性が見えてきている。したがって、平成28年度において計画の遅れを取り戻すことができると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
食嗜好形成のための実験パラダイムを可能な限り早い段階で確立する。特に解決すべきなのは、ラットの行動をどのように解析するかという問題と、どのような客観的指標によって食嗜好を評価できるかという問題である。ラットがヒマワリの種に対する食嗜好を形成し、徐々に増進させていると推察される現象を観察しているものの、上述の課題に関してはまだ解決できていない。また、実験に用いた個体数も十分ではない。したがって、個体数を増やすとともに、解析と評価に関する課題を並行して解決していく。また、行動実験を終えた動物を用いて、脳内報酬系(側坐核、腹側淡蒼球、腹側被蓋野などによって構成される神経回路)を操作することで、ヒマワリの種に対する食嗜好への影響を調べる。脳内報酬系に発現するオピオイド受容体を刺激すると高嗜好性味溶液である甘味溶液の摂取量が増加することが知られている。また反対に、オピオイド受容体を阻害すると、甘味溶液の摂取量が減少する。これらのことから、脳内報酬系のオピオイド受容体は嗜好性に関与すると考えられている。そこで、ヒマワリの種に対する食嗜好が形成されたラットにおいて、脳内報酬系のいずれかの脳部位におけるオピオイド受容体を刺激あるいは阻害することで、ヒマワリの種を与えた時の行動にどのような影響が生じるかを調べる。食嗜好の指標となる行動がオピオイド受容体を刺激することで増加し、反対に阻害することで減少すれば、ラットがヒマワリの種に対する食嗜好を形成したことを生理学的な証拠によって証明することができる。これらの実験を終えることができたら、ラットが食嗜好を形成する段階(ヒマワリの種を与える初期の段階)でも同様に脳内報酬系の操作を行い、食嗜好の形成が早まったり遅れたりするかどうかを調べる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
次年度に行う予定の薬物注入実験は消耗品の購入量が増えることが予想される。研究の進行度合いもやや遅れているために、前倒しして実験を行うには至らなかった。
|
次年度使用額の使用計画 |
薬品の購入等に使用する予定である。
|