研究課題/領域番号 |
15K12447
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研究機関 | 金沢工業大学 |
研究代表者 |
坂本 宗明 金沢工業大学, 基礎教育部, 准教授 (00444612)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 固体墨 / タンパク質抽出 / 分子量分布 / 加水分解 |
研究実績の概要 |
本研究は,希少書画材料である古墨の化学的組成を明らかとし,有機合成の手法を用いて古墨製造を行うことを目的としている。研究初年度は,古墨の特性に影響を与えるとされる固体墨中の膠分について,加水分解などによる変化を抑制し,固体墨中に存在する状態を保ちつつ抽出・分析する手法の確立を目指した。 まず,近代に製造された固体墨群および各種精製膠に対し,不活性雰囲気下において各種有機溶媒を用いた膠分の分離を試みた。その結果,アセトニトリルを主溶媒とした混合系溶媒によって,固体墨から膠分のみの分離が可能であることを明らかにした。この混合有機溶媒系による膠分離法では,炭素源(松煙,油煙)および膠原料(牛,魚,兎など)の種類によらず,水系を用いた従来の分離法とほぼ同一の抽出率が得られた。 また,有機溶媒系にて抽出された膠分と,水系にて抽出された膠分について,比色法を用いた全タンパク質測定および高速液体クロマトグラフを用いたタンパク質組成の分析を行った。その結果,同一試料において有機溶媒系を用いて抽出した膠分の平均分子量が,水系を用いて抽出した膠分よりも高く,加水分解およびそれに伴う組成変化が抑制されていると考えられた。また,1940年,1967年および2010年に製造された松煙墨から有機溶媒を用いて抽出した膠分のタンパク質組成は,製造からの年月が長いほど分子量分布が広くなる傾向を示した。対照として,同様の分析を水系にて実施したところ,各試料間の分子量分布に大きな差異が見られなかった。 これらの結果より,有機溶媒系を用いた膠分の分離によって,固体墨中に存在する膠成分の加水分解を抑制しつつ抽出可能であること,固体墨中の膠分が経年変化によって低分子量化することを明らかとした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に予定していた有機溶媒系を用いた固体墨からの膠分抽出については,水系との比較対照試験を含めて分析条件の確立および,国内にて入手した固体墨について分析を実施することができた。加えて,固体墨から膠を分離した後の炭素成分についても,その形状や組成についての予備的分析を実施した。 しかしながら,平成27年度において中華人民共和国内内蒙古自治区における試料収集および現地専門家との打ち合わせについては,現地行政機関から「治安上の問題が訪問計画地に存在する」として許可が得られておらず,予定していた初年度に実施できなかった。
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今後の研究の推進方策 |
固体墨試料については,膠タンパク質・炭素以外の微量成分に関する分析を実施する。加えて,初年度に実施した分析の結果からは固体墨の表層に存在するタンパク質が特異的な変化を受けていることが示唆されており,試料深さ方向のタンパク質組成についても分析を行う。また,実際の書画材料として利用した,すなわち紙上に塗布展開された試料から膠分の抽出を行い,実利用時における膠タンパク質の組成について調査を行う。 古墨の調製については,有機溶媒中において膠タンパク質を緩やかに加水分解させ,組成分析によって得られた組成となる条件の探索を行う。また,中華人民共和国における試料収集および現地製造者との打ち合わせについては,訪問地を変更して実施する予定としている。
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次年度使用額が生じた理由 |
中華人民共和国における試料採取および情報収集を計画していたが,現地における治安上の理由から訪問が実現しなかった。それに伴い,旅費および人件費・謝金が当初予定通りに発生しなかった。 物品費については,高速液体クロマトグラフにおいて用いるカラムや有機溶媒(ともに輸入品)が円高などの理由により予定より安価であったため,剰余が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
物品費については,固体墨の深さ方向に注目した分析を行うための試料調製法探索に 用いる。また,中華人民共和国の行政機関と引き続き交渉を行い,訪問および試料持ち出しの許可が得られ次第,旅費・謝金を支出する予定である。
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