過年度の研究から,1)古墨としての特性を有する試料では,膠タンパク質中の官能基比が近年に製造された固体墨と異なる,2) 固体墨状態において分子量の低いタンパク質比が高い試料ほど,墨液に調製した際の分子量分布が広くなる,3) 特定の古墨中におけるアルカリ土類金属の比率と,膠タンパク質の分子量分布に一定の相関があるとの結果を得た。 本年度は,a)固体墨として調製された試料を用い,固体状態のまま雰囲気制御による膠タンパク質加水分解および表面官能基の制御を試みたが,加圧高温条件であっても反応速度がきわめて遅く,現実的な時間スケールで大きく組成を変えることが難しいことが示唆された。加えて,少量の固体墨に加工を施した後,液体墨への調製を試みた。その際,出自の明確な古墨の入手については,過年度に引き続き所蔵する他国機関との調整を進めたが,試料の購入については許可が得られなかった。そのため,初年度に入手した3種類の古墨(それぞれ,製造から100年,60年,40年程度の時間を経たもの)を対比試料として用い,書画材料としての評価を行ったところ,加工品は宿墨(墨色の濁り)に類似した特性を示し,書画材料としての利用が難しいとの結果が得られた。 そのため, 固体墨として調製される前の膠(三千本膠)の段階において,分子量分布および官能基制御を実施するに至った。c)水分量を厳密に制御した有機溶媒中にて緩やかに加水分解する方法の探索,d)分子量制御と膠タンパク質の酸・アルカリ処理による官能基導入を試みたところ,いずれも温和な条件で反応を制御可能であることが明らかとなった。ただし,処理後の膠を材料として用いた場合,従来と同様の工程では固体墨として調製することが難しく,加工工程の変更が必要であることが示された。
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