研究課題/領域番号 |
15K12570
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
前島 洋 北海道大学, 保健科学研究院, 教授 (60314746)
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研究分担者 |
齊藤 展士 北海道大学, 保健科学研究院, 助教 (60301917)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 運動 / 神経栄養因子 / エピジェネティクス / 老化 |
研究実績の概要 |
高齢者における運動は認知症の予防に対して有効であることが期待されている。その論拠として、脳由来神経栄養因子(BDNF)は記憶・学習の中枢である海馬において運動依存的に発現増強することが確認されているが、その発現増強の機構は未解明である。そこで、運動依存的なBDNF発現増強におけるエピジェネティクス制御に関してヒストン修飾とDNA転写領域の修飾について精査することが本研究の最終的な目的である。先行研究において、海馬におけるBDNFは高負荷な単発運動による急性効果、及び長期間の運動介入による長期的効果の何れにおいても顕著な発現増強が報告されている。そこで、これらの条件を再現し、そのエピジェネティクス制御について精査することを目的に、急性効果として成体ICRマウスに対してトレッドミル走行への適応の後、速さ18m/minの高負荷トレッドミル走行を2時間実施し、BDNF発現が最も増強されると報告されている運動後2~3時間内において海馬、大脳皮質を採取した。一方、長期的運動介入についても先行研究を再現し、1日1時間、15m/minの中等度負荷の走行を2週間実施し、急性効果を除くため運動終了後24時間以降において海馬と大脳皮質を採取した。各安静対照群のマウスについても同様のタイミングでサンプル採取を行った。採取サンプルを対象にBDNFとその受容体であるTrkBのmRNA発現を定量解析した。その結果、大脳皮質においては運動依存的なBDNF発現増強が確認された一方、海馬においては高負荷による急性効果、中等度負荷の長期的効果の何れにおいてもBDNFとTrkBの発現増強は認められなかった。先行研究のプロトコールに従う再現実験において海馬のBDNF発現の増強は確認されなかったことから、運動の要素以外の多因子と運動との相互作用のもとに海馬におけるBDNF発現修飾が生じていることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
初年度において先行研究において運動依存的なBDNFの発現増強について急性効果、長期的効果が確認されている運動プロトコールを再現し、その条件における発現増強の確認とその条件におけるBDNF遺伝子発現に関する各種エピジェネティック制御に関する実験を計画していた。即ち、1)ヒストンの化学修飾解析:4つのコアヒストン(H1~H4)より構成されるヒストンのうちH3, H4ヒストンのテール部におけるリジンのアセチル化の定量、2)ヒストンのアセチル化、脱アセチル化を担うHATおよびHDACの酵素活性の定量、3)DNAのメチル化測定:BDNFのエクソンにおける刺激感受性を司るエクソンⅣを対象とするバイサルファイトシークエンスに基づくDNAメチル化測定、4)DNAメチル化転移酵素(DNMT)活性の測定:DNAメチル化を維持、促進する酵素活性を有すDNMT1、DNMT3の酵素活性の定量、以上の4つの実験に着手することを計画していた。これらの実験は運動依存的なBDNF発現増強が確立された後に着手できる実験である。本年度のマウス運動介入実験において、先行研究を再現した運動プロトコールにおいて海馬におけるBDNF発現増強が再現できなかったことにより、以上の実験の着手を延期することとなった。このため、当初予定していた計画よりも現在の達成度はやや遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
海馬における運動依存的なBDNF発現増強のための再現性のある運動プロトコールを確立し、その条件において27年度に着手を計画していたBDNF遺伝子発現に関する各種エピジェネティクス制御に関する実験を着手する。運動依存的なBDNFの発現増強の検証において、2時間の高負荷運動後2~3時間内における急性効果、2週間の1日1時間の中等度負荷運動後24時間における長期的効果について検討したが、何れの発現増強効果も認められなかった。一方、長期的運動介入によるコンディショニングによって急性効果が促進されることが報告されている。このため、成体ICRマウスを対象に1日1時間の週5日の中等度負荷のトレッドミル走行を4週間から漸増的に増やし、最終運動介入の2-3時間内に海馬を採取することにより、長期的効果と最終日の急性効果の相互効果を検証し、運動依存的なBDNF発現増強の再現性のある運動プロトコールを確立する。この条件のもとで、1)ヒストンのアセチル化の定量解析、2)ヒストンのアセチル化、脱アセチル化を担うHATおよびHDACの酵素活性の定量、3)BDNFをコードするエクソンⅣにおけるDNAメチル化の測定、4)DNAメチル化転移酵素(DNMT1、DNMT3)活性の測定、以上4項目のBDNF遺伝子発現に関するエピジェネティクス制御に関する実験を着手する。併せて、老化と運動によるBDNF発現のエピジェネティクス制御への相互効果の検証のため、対象となる老化促進モデルマウス(SAMP1)とそのコントロールマウス(SAMR1)の飼育を開始し、促進的に老齢期に達した後、再現性を確立した運動プロトコールにて運動介入と上記4項目の実験を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度において、複数の先行研究に従い海馬における運動依存的なBDNF発現増強のための運動プロトコールの確立し、BDNF発現に関するエピジェネティクス制御に関する分子生物学的実験と老齢モデルマウスの飼育の開始を計画していた。しかし、先行研究の再現実験において海馬における運動依存的なBDNF発現増強が再現されなかったため、当初の計画が遅延し、老齢モデルマウスの飼育の開始を延期した。このため、当該経費を次年度に繰り越すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度に飼育開始を予定していた老齢モデルマウスSAMP1とそのコントロールマウスであるSAMR1の購入に充当する。
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