本研究では海馬における運動依存的なBDNF発現増強に対するエピジェネティクス制御について精査することを目的する。昨年度の成果として、1日1時間、15m/min、4週間の走行は成体マウスの海馬におけるBDNFの発現を増強した。更にヒストンのアセチル化を促し遺伝子発現を増強するHATの酵素活性が運動により増強されることを明らかとした。これらの所見に基づき、本年度は運動依存的なBDNF発現とヒストンアセチル化修飾因子に対する老化との相互効果について検証を行った。老齢モデル動物として13週齢の老化促進モデルマウスSAMP1とそのコントロールマウスSAMR1を用いて昨年度同様の運動介入を施行した。その結果、新規物体認識試験における認知機能の向上が両群で確認された。更に海馬におけるBDNFのmRNAおよび蛋白レベルでの発現増強が確認された。併せて、HAT活性の増強に加えて、この酵素活性と拮抗するHDACの活性が増強され、ヒストンアセチル化に関わる主要な酵素の活性が運動依存的に修飾されることを示した。一方、老化と運動の相互作用は検出されなかった。そこで、より長期的な運動介入による効果を検証するため海馬における特異的退行を特徴とするSAMP8とSAMR1を対象に4ヶ月齢より6ヶ月間に渡って運動介入を行った。その結果、海馬におけるBDNFのmRNAおよび蛋白発現は運動により両群において増強されるが、その増強はSAMP8では軽度であった。更に運動によるHDAC活性の抑制傾向に加えて、老化によりHDAC活性が有意に抑制される所見を得た。以上の所見から、運動は海馬におけるBDNF発現を増強させるという一貫した所見に対して、その発現修飾を担うヒストンアセチル化を修飾する酵素活性は、運動の内容や期間、海馬の退行所見に依存した修飾を受けることが示唆された。
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