研究課題/領域番号 |
15K12765
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
松井 広 東北大学, 医学(系)研究科(研究院), 准教授 (20435530)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 光遺伝学 / シナプス可塑性 / 小脳 / 脳波 |
研究実績の概要 |
記憶が記銘される瞬間、特定の神経細胞集団が特有の順番とリズムで旺盛な活動をするが、記憶の書き込みが済めば、そのダイナミックな神経活動パターン自体は消失する。後に残るのは神経回路に刻まれた痕跡。この記憶痕跡は、短期的にはシナプス受容体の増減であり、長期的にはシナプスそのものの形成・消失である。本研究の実験では、光遺伝学を用いて、生きたままの動物の特定の脳領域に一気にシナプス可塑性を引き起こすことに成功し、それが数日以上にわたり持続することを観測した。こうした「超」長期可塑性こそが、我々のアイデンティティの根源である「記憶」が形成される過程であると考えられる。この斬新なモデル実験系を使い、シナプス機能・関連分子・微細形態の変化を追跡することを目指している。特に、シナプス結合が失われる際に、ミクログリア・アストロサイトが作用する可能性を明らかにすることが目標である。これまで、光遺伝学を用いて、超長期可塑性を引き起こすのには成功しているが、この変化を無麻酔・無拘束ラットで、長期的に追跡するには、脳波記録を長期的にとり続ける手法が望ましい。既に、数日以上にわたり、安定的に脳波記録を取ることには成功している。問題は、光刺激によって誘発される脳波応答の波形成分を解釈するところである。そこで、生きているラットの小脳実質に薬物を投与する方法を開発し、それぞれの波形成分の由来を薬理学的に解析している。シナプス可塑性に由来する成分を特異的に抽出できるようになれば、引き続き、もっとも安定的に超長期可塑性を引き起こす光刺激条件を探索することを予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの急性脳スライス標本を使った電気生理学実験では、およそ1時間以上の可塑性過程を追跡することは不可能であった。そのため、便宜的に、数分以内に消失するシナプス機能の変化を短期可塑性、それ以上持続するものを長期可塑性と呼ぶ。しかし、いわゆる長期記憶は、何日~何年も持続する。脳全体に強い電気刺激を加えて、脳内電気活動をリセットするような電気痙攣療法(ECT)でも、短期的な逆行性健忘は生じるものの、長期的な記憶は破壊されない。このように、長期記憶とは、神経回路の中に深く刻まれた痕跡によるものである。神経信号が回路を通過する際、神経信号がその痕跡に影響されれば、記憶が想起されるという仕組みと考えられる。本研究では、脳神経回路の「超」長期的な可塑性のメカニズムを明らかにする。通常の学習課題による記憶痕跡は、何兆もの脳回路素子の接点のうち、ほんのいくつかだけに刻まれる。そこで、神経活動を光で制御する技術、オプトジェネティクス(光遺伝学)を用いたところ、小脳平行線維‐プルキニエ細胞間のシナプスに超長期可塑性が誘導することに成功した。今後は、本実験系を用いて、光照射により領域一体に可塑性を引き起こし、超長期可塑性が成立するまでの各時点で、動物から急性脳スライス標本を作製して、シナプス機能の変化を調べたり、シナプス前部・後部構造におけるチャネルや受容体分布を分析することを予定している。
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今後の研究の推進方策 |
超長期可塑性には、分子分布の変化に留まらず、シナプス周辺微細形態のドラスティックな変化が伴うと想像される。シナプスでは、シナプス前部、後部、およびそれを取り囲むグリア細胞の三者が密に連携していると考えられており、この三者間の関連の変化を、電顕解析する予定であり、適宜、生理学研究所の共同利用機器などを活用する。また、このシナプスでは、シナプスにおける信号伝達の可塑的変化に引き続き、シナプス結合そのものが減ることが予想される。したがって、発達期におけるシナプス刈込現象と同様、ミクログリアやアストロサイトの活性化が、シナプス消失に関与するかどうかも検証する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究は順調に進んでおり、消耗品なども年度末の時点では足りていたため、次年度に持ち越すことで、研究費の有効利用をすることを目指した。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度末の時点では足りていた実験動物の飼育用消耗品などを購入するのに使用する予定である。
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