記憶が記銘される瞬間、特定の神経細胞集団が特有の順番とリズムで旺盛な活動をするが、記憶の書き込みが済めば、そのダイナミックな神経活動パターン自体は消失する。後に残るのは神経回路に刻まれた痕跡。この記憶痕跡は、短期的にはシナプス受容体の増減であり、長期的にはシナプスそのものの形成・消失である。本研究の実験では、光遺伝学を用いて、生きたままの動物の特定の脳領域に一気にシナプス可塑性を引き起こすことに成功し、それが数日以上にわたり持続することを観測した。こうした「超」長期可塑性こそが、我々のアイデンティティの根源である「記憶」が形成される過程であると考えられる。この斬新なモデル実験系を使い、シナプス機能・関連分子・微細形態の変化を追跡することを目指した。 これまでの急性脳スライス標本を使った電気生理学実験では、およそ1時間以上の可塑性を追跡することは不可能であった。そのため、便宜的に、数分以内に消失するシナプス機能の変化を短期可塑性、それ以上持続するものを長期可塑性と呼ぶ。しかし、いわゆる長期記憶は、何日~何年も持続する。脳全体に強い電気刺激を加えて、脳内電気活動をリセットするような電気痙攣療法(ECT)でも、短期的な逆行性健忘は生じるものの、長期的な記憶は破壊されない。このように、長期記憶とは、神経回路の中に深く刻まれた痕跡によるものである。神経信号が回路を通過する際、神経信号がその痕跡に影響されれば、記憶が想起されるという仕組みと考えられる。本研究では、脳神経回路の「超」長期的な可塑性のメカニズムを明らかにすることを目指した。通常の学習課題による記憶痕跡は、何兆もの脳回路素子の接点のうち、ほんのいくつかだけに刻まれる。そこで、神経活動を光で制御する技術、オプトジェネティクス(光遺伝学)を用い、小脳平行線維‐プルキニエ細胞間のシナプスに超長期可塑性が誘導することに成功した。
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