本研究は、生命科学技術とりわけ出生前遺伝学的検査をめくる諸問題を、倫理・医療・社会・ジェンダーの視点から考察し理論構築したものである。 新技術(新バイオテクノロジー)の医療体制への批判的検討として以下を明らかにした。すなわち、遺伝子を分析対象とするその新規性とは対照に、新技術適用の帰結となる中期中絶の原理(分娩)や、中絶胎児の現れ方(生きて産み出されうる)は依然として不問に付したままであることを明確にした。新技術が生身の身体を凌駕しえない一方で、産科や遺伝学の医療経済や専門家養成は活性化し、さらには新技術の運用体制の普及が、妊婦へのある種の「救済」として価値付けされつつあることも示唆された。 これらの背景には、死産児の「医学的」・「社会的」・「倫理的」な創生があり、新技術の利用が女性身体と胎児を包摂しつつ資本を生み出すような生政治がすでに展開されていることが示唆された。そこに取り込まれていく女性身体、中絶胎児、女性の主体性のありようを分析するための理論的な枠組みとして、再生産に関わる生命科学と資本主義のグローバルな共生産と統治性の関係を見いだすことができた。研究遂行にともなって問題設定が近接分野にも波及したことは予期せぬ収穫となった。具体的には、出生前遺伝学的検査の最初のターゲットとなった21 トリソミーに関与するものであり、顕微鏡下でのその第一発見者をめぐる医学者(Marthe Gautier)の論争についても系統づけることができた(2017年度実績報告で一部誤記入があり、Dr. M. Gautierは健在であることをここに記しておく)。 おもな研究成果として、学術論文・論考(5本)、学術口頭発表(16本)を公開している。いずれも今後の研究の基盤を築くものであり、考察をより深め、あらたに著書としてまとめていく予定である。
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