書における「臨書」の意義や実相を多角的に検証する目的をもつ本研究は、主として2つの方向―(1)近現代の作家の臨書態度に関する調査(2)和歌書きにおける書写的要素と書表現の要素の関連-から着手した。書活動は歴史的に「臨書」行為の存続によって成立してきているともいえるため、「臨書」に際しての意図や状況、事後の痕跡としての「形」を通じて解釈行為の実相を明らかにする方法を探索した。 近代以降は、欧米からの思想・文化の影響を受けて書のあり方が変容してきているため、行為者の臨書観の中にもそれが反映され変化してくる。また公教育制度の確立にともない、伝承形態・内容にも変化が現れる。行為と形象の関係を観察するには、それらの要因がどのように関連しているかを具体的な事象に照らしてみていくことが要求される。2年目以降の研究では、書人の臨書観や作品を追う一方で、代表的書人の臨書観を指標として普及した公教育の現場における臨書実践の観察を並行して行った。 研究着手時の2つ目の軸である「和歌書き」に関しては、近代以降の形象経験の質的変化という観点として和歌と書の分化、言葉と形象の分化、筆脈不在の書の形象経験、教科教育成立にともなう教科間の分化、などの現象およびこれらに起因する課題を拾うことができた。 最終年度は、「形」の理解に関わる要素を多角的に観察するための題材として「秋萩帖」に注目し、書道史上の課題にふれつつ感性的要素の探索方法について提案した。研究期間中の諸課題の重要度や関係性については十分に検討しきれていないため、今後は本研究をもとに基盤研究につながる問の設定を目指したい。
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