観相の日本への影響を跡付けるために、古典的観相書に記される言説と日本古典文学に見える記述とを多角的な視点から比較、その影響関係を実証的に裏付けた上で、さらに手法のレンジを現代マンガまで延長して検討することを目指す為の基礎研究を行った。この目的のために進めた、本年の作業と具体的な成果は次の通り。 古典的観相資料の検討については、日中における観相に関わる言説を分析するために、対象資料に唐代成立の①敦煌相書数本と、②日本残存の北宋宣和5年(1123)刊本の写本『集十二家相書』や③日本で最も流布した『神相全編』を選定し、その記述の比較を行った。検証方法としては、②と同時代の成立の『今昔物語集』収載話と、その原拠『三宝感応要略録』記載所収話を比較した。中でも声に関する記述について詳細な比較を行い、両者の違いが日中における観相技術の認識差に由来することを明確にした。 声を指標とする分析手法は、比較の基準が単純なので、顔相よりも時間的経過による表現の変化や印象の変化を受けにくい。そのため、現代にも通用する具体的描写で記述され、国境をこえた普遍性があるという特徴がある。音源の忠実な伝達や再現の点に課題を残しはするが、高い・低い、女性らしい声、特定の動物の声などという表現に共有される印象には揺らぎが少なく、格好の指標といえる。次段階で構想する動物観相学にも通じる点で重要な着眼点となった。 また、『神相全編』の日本への影響調査を網羅的に行った結果、石龍子『神相全編正義』が『南総里見八犬伝』の出典であることを、詳細な分析上で立証した。このことは、馬琴が唐本でなく訓点のある和刻本から情報を得たことを如実に示しており、馬琴の座右の書の具体相を確定させた点で意義あることといえる。そして、これらの点に留意して、構築データベースの蓄積データに反映させた。
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