研究課題/領域番号 |
15K12865
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
藤井 たぎる 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 教授 (00165333)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 資本主義 / イノベーション / 新結合 / 創造的破壊 / 調的和声 / 非連続性 / ワーグナー |
研究実績の概要 |
企業者による“新結合”が資本主義経済の発展をもたらす原動力であることを、『経済発展の理論』以来、一貫して主張してきたシュンペーターだが、その一方で彼はまた「たとえ企業者職能を主動因とした経済過程そのものは委縮することなく進行したとしても、この社会的機能はすでにその重要性を失いつつあり、しかも将来必ずや加速度的に失われざるをえないものである」と言い、「経済学的または社会学的に、直接または間接に、ブルジョアジーは企業者に依存し、階級としては企業者と生死をともにする」と予測していた。 このように資本主義の発展にとってイノベーションは諸刃の剣であるが、たとえばアドルノが指摘するワーグナーの「拡張した作曲」もまた、調的和声音楽の発展にとってやはり両義的であり、やがてはそれが調性の崩壊をもたらすことになったと考えられる。それまでの和声進行の連続性とは異なる、調同士の、あるいは全音階と半音階、協和音と不協和音の対比による音楽的事象の非連続的な結合は、調的和声というシステムの枠内に留まりながらも、そのシステムに軌道の変動をもたらすからである。こうしたワーグナーによる調的和声の刷新が、やがてはその自らの基盤を侵食し、崩壊へと導いたとすれば、シュンペーターの言う意味で、ワーグナーにおける和音の“新結合”もやはり“創造的破壊”であったことを、おもにワーグナーの『指環』4部作の分析から解明した。 またこのような観点に基づき、広くイノベーションと芸術の関係性をさまざまな角度から追求したいと考え、辰巳満次郎(シテ方宝生流能楽師)、渡邉康(作曲家・椙山女学園大学)、木村めぐみ(一橋大学イノベーション研究センター)の各氏を講師に招き、愛知県立芸術大学音楽学コースとの共催で「芸術とイノベーション」と題したシンポジウムを開催するとともに、その成果を冊子『芸術とイノベーション』として刊行した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ワーグナーによる調的和声の刷新をシュンペーターのイノベーションの概念と結び付け、調的和声システムと資本主義の機構との間に一定の関連性を見いだすことを当該年度の課題としていた。 経済的な失敗ではなく、その積み重ねられた成功が、資本主義の基盤であるブルジョア体制そのものをやがて掘り崩すことになるがゆえに、その終焉を回避することはどのみちもはや不可能であるというシュンペーターの見立ては、調的和声の発展が、その自らのシステムを内側から掘り崩し、その崩壊をもたらすことになったと考えるシェーンベルクの音楽理解と通底していることを、ワーグナーの楽劇の分析によって具体的に明らかにすることができた。 さらに、愛知県立芸術大学音楽学部音楽学コースとの共催で、能楽師辰巳満次郎と作曲家渡邉康による新作能舞の再演を軸に、「芸術とイノベーション」をテーマにしたシンポジウムを主催し、そこでの議論から資本主義と芸術との関係性について、有益な知見を得ることができた。当初は研究集会を最終年度に計画していたが、初年度に引き続き、当該年度もシンポジウムを主催し、その成果を冊子の形態でも公表することができた。
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今後の研究の推進方策 |
調性にもはや価値を見出さなくなったシェーンベルクが考案した「相互に関連した12音に基づく作曲」において、基礎となる音列が、対位法的な操作によってあらたな音列を生みだしていくこのシステムの特徴を、同時代の芸術思想との関係から探る予定である。 具体的には、調性崩壊後、12音技法に依拠して作曲された、アルバン・ベルクの最初のオペラ作品である『ヴォツェック』、さらには戦後のいわゆるポスト・セリーの作曲家であるアリベルト・ライマンによって作曲され、1978年のミュンヒェン初演以来、主要なオペラハウスでしばしば再演されている(そうしたことは、戦後のオペラ作品ではきわめて異例なことである)『リア』を取り上げ、調的和声システムに基づいたオペラと対比させながら、調性から無調へ、そしてまた恋愛からヒステリーへとその扱うテーマが推移していったドイツ・オーストリア近現代オペラ史を、フロイト=ラカンの欲望・欲動論などを参照しながら解明することになる。 またそのための補助線として、上記の二人の作曲家と同時期にドイツ語圏で活動していたコルンゴルト、シュレーカー、ツェムリンスキーの〈疑似調性〉的オペラ、あるいはまたトロヤーン、カッツァーなどのドイツ現代作曲家によるオペラ作品も考察の対象とする予定である。 さらに上述の観点から、欲望のループがオペラにおいていかに構造化されているかに着目しつつ、調的和声の完成からその崩壊を経て、12音技法へ、そしてさらにポスト・セリーへと至る近現代オペラ史が見せ、聴かせている資本制の/における症候を明らかにする。
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