本年度は,平成27年度と平成28年度にパリのジャック・ドゥーセ文学図書館で実施した『半獣神の午後』と『イジチュール』の草稿調査の結果を踏まえながら,両作品の生成プロセスをポリフォニー言語学の見地から検討した。『半獣神の午後』に関しては,詩人による加筆修正のプロセスを,〈抒情的主体〉というより大きな問題系の中に置き直し,スカンジナビア系ポリフォニー言語学派が唱える三つの〈発話的審級〉の理論モデル(〈意味構築者としての話者〉,〈テクスト論的話者〉,〈発話文の話者〉)を使って分析を試みた。その結果,『半獣神』がその初期の韻文形式による劇詩の段階から,独白形式による韻文詩篇として大幅に加筆修正されていくプロセスには,〈発話的審級〉の三つの水準が相互嵌入する錯綜した〈ポリフォニー〉構造が関与しており,これがこの作品において現れる〈抒情的主体〉の特異性を規定していることが確認された。『イジチュール』草稿群に関しても,この三つの〈発話的審級〉の問題を検討する予定であったが,『半獣神』草稿群の分析に予想以上の時間を要したため,十分な検討には至らなかった。これは今後の研究課題とする。なお,上記『半獣神』草稿群に関するポリフォニー分析の結果は,平成30年9月に慶應義塾大学で開催される「マラルメ・シンポジウム2018」で口頭発表する予定である。 他方,平成27年度から継続してきたテクスト生成論の方法論的再検討の結果は,本年度4月に,「詩における発話行為と対象指示――マラルメを中心に」として口頭発表し,その後,学術論文として所属研究機関の紀要『GR』(同志社大学グローバル地域文化学会)に発表した。また12月には,「マラルメ・シンポジウム2017」(神戸大学)で「『骰子一擲』におけるポリフォニー――話者の痕跡を中心に」として口頭発表を行なった。この口頭発表も,2018年10月に学術論文として公開する。
|