研究課題/領域番号 |
15K12874
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉川 雅之 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (30313159)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 東西文化交流 / 新約聖書 / 漢訳 / 言語接触 / 音訳語 / 粤語(広東語) / マーシュマン / マカオ |
研究実績の概要 |
研究期間の初年度である平成27年度は,主に以下の3つの研究活動を行った。 1.マーシュマンがラサールの助力を得て1811年にインドのセランポールで刊行した『此嘉音由孖勒所著』(「マルコによる福音書」の漢訳。以下『マルコ』と略す)に現れる,漢字による音訳が為された人名・地名を抽出し,その全てに対して漢語(絶対的多数は粤語)による推定音価を与える作業を行った。次いで,それらの推定音価と英語音との比較を行った。これらの情報はデータベースとして保存した。 2.上述1の『マルコ』の音訳語について,データベースには,モリソンの新約聖書に於ける漢字表記も加えた。そして,両宣教師の音訳の違いを対比した。 3.宣教師マーシュマンやモリソンを嚆矢とする19世紀の欧米人が,中国の諸言語(特に漢語系諸語)をどのような構図で捉えているかについて,文献に基づいた網羅的な調査を行った。その考察の結果は学術誌『ことばと社会』17号に投稿,掲載された。本論は3万字に及ぶ長文であるが,マーシュマンをはじめとする諸家がどの言語種を漢語の標準もしくは権威と見なしたか,証拠を示しての実証的研究である。上述1に関して,マーシュマンとラサールが漢語系の内,どの言語種の音を利用して固有名詞の漢字表記を試みたかという基幹を明らかにする上で不可欠な論考となる。 尚,『マルコ』の音訳語については,当初予想していなかった言語種の痕跡が確認された。目下,上述のデータベースに照らして,それについての解釈と原因解明に取り組んでいるところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
音訳の過程で生じた変化を特定の理論を用いて分析するという,本科研費応募時に予定していた作業を行うには至っていないが,逆に当初予定していなかった19世紀の文献資料に対する網羅的調査と,それに基づいた論文投稿・掲載を実現させた。19世紀の文献資料に対する網羅的調査によって,マーシュマンが漢語系の内,どの言語種を標準と見なしていたかが明らかになったことは,漢訳の受け皿となった言語種の特定に寄与するため,今後の研究遂行上大きな得点だと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は,次の3点を主に研究を推進していく。 1.本科研費応募時に予定したとおり,マーシュマンがラサールの助力を得て1810年に刊行した『此嘉語由孖挑所著』(「マタイによる福音書」の漢訳。以下『マタイ』と略す)について,人名・地名を表す語の抽出と分析を行う。 2.オクスフォード大学Angus図書館での文献調査を2回行う予定である。当館に所蔵されるマーシュマンと所属教会との通信記録を解読することで,『マタイ』と『マルコ』の漢訳がマーシュマンとラサールの間で,どの様な意思疎通と作業手順を経て進められたかを解明する。 3.『マルコ』の音訳語については,粤語(即ち広東語)以外と思しき言語種の特徴という,予想外の痕跡が確認された。それについての解釈と原因解明を含めた学術論文を執筆し,学術誌に投稿する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度に予定していたオクスフォード大学図書館での調査(1回を予定)を,平成28年度に行うことにしたため,それに生じる海外旅費(約24万円)を次年度使用とした。代表者は平成28年度,1年間のサバティカルを取得するため,時間面でより有利な平成28年度に調査を行うこととした。これにより,平成28年度は,当初予定していた1回の調査と合わせ,計2回の調査を行う予定である。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用とした約24万円は,当初の予定どおり,オクスフォード大学図書館での調査のための海外旅費に全額を使用する。
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