研究課題/領域番号 |
15K12876
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
秦 かおり 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 准教授 (50287801)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 多文化共生 / 日本人移民 / 談話研究 / 家庭内言語政策 / バイリンガル |
研究実績の概要 |
本研究は、国際結婚を機に自ら海外に暮らす選択をした永住権を持つ在英邦人女性を対象に、移民として英国で暮らすことを選択した理由を、多角的・包括的に調査することによって、これから国内で増加し続けることが予測される国際結婚や移民との多民族・多文化共生のための意識改革・方策を提案する事を目的としている。 3年計画である本研究の1年目には、①互助会・補習校・ママ友グループへの調査、②協力者へのインタビュー・家庭内会話の録画録音、③メディア利用調査、④成果報告と意見交換を計画していた。これらは概ね順調に行われている(「現在までの進捗状況」参照)。 その結果、これまでの研究成果からは見えて来なかった、就学年齢に達した子供を持つ保護者の日本へのステレオタイプ化と、「ただそこで生きている」という、移民としての現況の受動的甘受が浮き彫りとなった。「日本へのステレオタイプ化」は比較対象としての英国文化(特に学校教育)があるからこそ、日本文化の細部よりも全体像が前景化するのではないかと考えられる。一方、移民としての現状の受動的甘受に関しては、自分たちが移民であることと、現在ヨーロッパで起きている難民・移民問題とを切り離して考えていることと無関係ではないだろう。メディアで表象される「移民」と日本人移民の現実はそれだけかけ離れた状況にある。しかし、その中でも丁寧にことばを拾い談話を分析していくことで、多文化共生への難しさが垣間見える。これらは特に学校での子供のいじめやバイリンガル教育の難しさに表れた。現代日本の学校教育現場でも日本語を母語としない、日本文化を文化的背景としない子女の対応が課題となっており、今回の調査で表れた点は、本研究の課題である多民族・多文化共生社会への提言の大きな一歩となるであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の1年目の計画は、①互助会・補習校・ママ友グループへの調査、②協力者へのインタビュー・家庭内会話の録画録音、③メディア利用調査、④成果報告と意見交換であった。 まず、①に関しては、互助会で実際に日本語教師補助として参与観察を行った。補習授業校調査については10件の保護者へのインタビューを実施した。また、ママ友グループに関しては2件のインタビューの他、来年度の予約をとった。②に関しては、上記と合わせ合計18名へのインタビューを実施した。家庭内会話の録画録音に関しては、5家庭に常設のカメラを設置し録画した。その結果、インタビュアーを介さない家族の生の会話を録画することに成功した。③に関しては、2つのテレビチャンネルを自動録画可能な機材を2機設置した。これは、来年度の夏に回収し分析する予定である。④に関しては、Pan-SIG学会、名古屋社会言語学研究会、国際語用論学会、質的心理学会、日本英語学会、社会言語科学会で成果発表を行い、『Pan-SIG Proceedings』、『共同研究プロジェクト報告書』、『子育てのナラティブ分析ー日本人女性の出産・育児体験と生き方』(近刊)などとなって結実した。 計画を変更した点としては、補習授業校へは一度見学に入校した以上の調査は許可されず、学校付近のカフェ(パブ)でのインタビューに切り替えた。しかしながら、保護者の生の声は想像以上に多様であり、これまでのインタビュー調査では得られなかった多様な日本人移民像を捉えることに成功した。また、常設カメラでの調査では、単にバイリンガル教育の観察に留まらず、家庭内言語政策の実態や、支配言語文化と継承言語文化の間に挟まれる移民女性達のアイデンティティのゆれも観察することができた。 以上のように、1年目の計画は全て順調に遂行されたことを報告する。
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今後の研究の推進方策 |
計画2年目となる平成28年度は、①1年目に取得したデータの分析、②前年度の追跡調査(インタビュー調査を行った協力者へのフィードバック・インタビュー)、③現地小中学校への調査、④成果発表から成る。 ①に関しては、主として外部委託によりデータの書き起こしを行い、分析を進める。②に関しては、1年目に補習授業校保護者へのインタビュー調査及びビデオ常設による家庭内談話に興味深い結果が出たため、これらを重点的に行っていく。また、互助会への日本語教員補助としての参与観察にも多くの成果が出た上、同じ地域にあるロンドン大学ゴールドスミス校で同互助会を参与観察している研究者がおり、今後共同研究の道を模索する。③に関しては補習授業校と同じく保護者へのインタビューのほうが興味深い結果が出る可能性が高いため、保護者へのインタビューを主として実施していく。④については、すでに、Pan-SIG、Sociolinguistics Symposium、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会、日本英語学会(特別公開シンポジウム)に採択されており、更に、名古屋社会言語学研究会、社会言語科学会でも発表予定である。 これらの研究を通し、「悩める(いかる)・虐げられる移民」という研究者の先入観から脱し、1年目の研究で見えてきた「ただそこで淡々と生きている、そこにいる人としての移民」の日々の暮らしを明らかにし、そこから多様な人々が共に生きる姿を描き出すことを2年目の目標とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
1年目の成果として、家庭内での常設カメラによる自然談話や、学校保護者へのインタビューに想定以上の成果が出たため、2年目にそれらを継続・拡大して調査する事とした。さらに、2年目の予算が当初申請金額から削減されていたため、これら2年目の調査用として、1年目の金額を少しでも節約したため。
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次年度使用額の使用計画 |
家庭内での常設カメラによる自然談話や学校保護者へのインタビュー調査への謝礼など、調査費用の不足分に充当させる(例:インタビュー謝礼は1人10ポンド:1,600円程度)。
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