天皇主権を基本原理とする明治憲法を国民主権を定める日本国憲法に改正することは、憲法の根本的支柱を取り除く一種の自殺行為であり、法的に許されないのではないか?この現行憲法の正当性をめぐる難問を説明する有力説のひとつが、戦後憲法学の泰斗、宮澤俊義が提唱した「八月革命説」である。宮澤によれば、ポツダム宣言は明治憲法の基本原理と相容れない国民主権の要求を含んでいたのであり、日本がこれを1945年8月に受け入れた時点で主権は天皇から国民に移動し、法学的意味の「革命」が成立したのだった。 もっとも、1980年代に憲法学者鵜飼信成が八月革命説の発想を宮澤に示唆したのは20世紀日本を代表する政治思想史家丸山眞男(1914-96年)である、というエピソードを人づてに聞いたと記して以来、八月革命説の実質的な発案者=丸山の図式が定着したが、現在までに公刊された資料の中で丸山がこの点に触れているものはなく、丸山自身の八月革命説理解は、空白のままであった。 そこで、本研究は、この八月革命説のアイディアを宮澤に提供したと言われる丸山自身の八月革命説理解を、丸山が遺した図書・草稿を所蔵する東京女子大学丸山眞男文庫(2012年に全面開館し、約 2 万冊の蔵書と約 3 万頁の草稿類を収める)を活用して解明することを試みてきた。 2017年度も丸山を中心に約40年間継続した「正統と異端」研究会の関連資料などを調査し、1980年代になると同研究会において八月革命説に盛んに言及するようになった丸山が、福澤諭吉を媒介に、「日本国憲法の精神」へのコミットメントによって個人は自律をしうる、という憲法思想に到達していた点を明らかにするとともに、そのことの含意を考察した。
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