研究課題/領域番号 |
15K12968
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
藤巻 一男 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (20456346)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 消費税 / 付加価値税 / 給与 / 転嫁 / 損税 / 益税 / 簡易仕入税額控除 / 中小事業者 |
研究実績の概要 |
本研究では、消費税の創設時において、中小事業者の事務負担に配慮する措置として設けられた特例措置のうち簡易仕入税額控除制度(消費税法37条、以下「簡易課税制度」という)に焦点を当て、その問題点と限界を明らかにした上で、それに代わる新たな特例措置を提言することを目的とする。 本研究は、消費税の課税ベースの主要部分を占めながら、制度論議の死角に置かれてきた給与等に着目し、事業者が支給する給与の額と転嫁困難性との関係の解明を試みながら、また、いわゆる益税と損税の実質的な関係性に着目して、中小事業者の負担に配慮した消費税の特例制度の在り方を考察している点に特徴がある。 いわゆる益税又は損税という用語は消費税法には存在しないが、それらは現実の企業経営に少なからず影響を与え、制度論議の際に問題視されてきた。簡易課税適用事業者において、納付税額が原則的な算出方式を適用した場合と比べて少なければ、益税が生じたことになる。一方、市場競争力や価格交渉力の弱い中小事業者が消費税分を予定通りに転嫁できない場合には、損税が生じたことになる。そのような益税と損税とが同一事業者の同一課税期間において生じた場合、簡易課税の選択による納付税額の減少は、「益税の発生」というよりは「損税の負担の解消又は軽減」としてとらえることができる。 簡易課税制度の適用による益税の発生は公平性を失するとの批判を受け、事業区分とみなし仕入率を細分化する方向で改正が行われてきており、制度自体がかなり複雑なものとなった。本研究では、「益税の発生」=「公平性を失するもの」と一面的にとらえるのではなく、同一事業者における益税と損税を一体的にとらえて、簡素な仕組みによる新たな特例措置の在り方を考察している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成28年度では、消費税の課税ベースの主要な部分を占めていながら、制度論議の死角に置かれてきた給与等に着目した論理的考察を基に若干の政策提言を含む論文を発表した。この論文では、本則課税による納税額が次の2つの理由により本来負担すべき納税額よりも過大になっていることを指摘した。 (1)給与等に係る消費税は事業者がその納税に係る事務を一括的に代行しているという見方によれば、給与所得者が事業者の指揮命令の下で生産活動に従事するに当たり個人的に直接支出する必要経費に係る消費税相当部分は事業者において控除すべきであるが、現行制度では控除されない。 (2)消費税の負担は各取引段階の転嫁を通じて最終消費者に帰着することが予定されているが、実際には事業規模、業種、取引上の力関係等により転嫁困難な場合があり、特に中小事業者は価格交渉力や市場競争力が弱く消費税を予定通りに売上先に転嫁できていない。 また、平成29年度では、消費税法における簡易仕入税額控除制度の問題と限界を明らかにするとともに、人件費アプローチに基づく特例措置の提言の骨格を示した論文(下記13.参照)を発表した。この論文では、現行の簡易課税制度は、一定の事業区分とみなし仕入率の組み合わせを前提に出来ているが、その枠組みの中では公平性と簡素性のジレンマを克服することは困難であり、それに代わる新たな特例措置の再構築が必要であることを、同制度の沿革と問題の本質を踏まえて考察した。その上で、簡易課税制度の廃止論を単に導くというものではなく、同制度の創設趣旨とは別にそれが非公式に果たしてきた実質的な機能、すなわち、中小事業者の転嫁困難性によって生じるいわゆる損税の負担を解消又は軽減しているという機能を重視し、それを正当な目的の一つとして認める形で簡素な仕組みを再構築する必要性を論じた。
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今後の研究の推進方策 |
中小事業者のための必要な新たな新制度の条件としては、①公平性を保ちながら中小事業者の事務負担に配慮した簡素な制度であること、②中小事業者の転嫁困難性によって生じる損税の負担を解消又は軽減するものであること、③争訟に至りやすい法手続き上の問題がないことといった点が挙げられる。また、消費税制度を我が国の経済により良く適合したものとするためには、そこで大きなウエイトを占めているサービス業等の労働集約型産業の実態を踏まえたものにする必要がある。 そこで、本研究では上記のような条件を満たす新たな特例措置として、人件費アプローチに基づく追加的な税額控除の仕組みを提言した。それは、本則課税における現行の仕入税額控除等に加え、中小事業者の消費税の転嫁困難性に起因して生じる損税の負担を消費税の仕組みの中で解消又は軽減するために、人件費の一定割合を追加控除するというものである。ただし、その具体的な制度設計については、課題が残されている。例えば、給与等の人件費の範囲をどのように設定すべきか、人件費の何パーセントを追加控除額としたらよいのか、また、本制度の適用対象とする中小事業者の範囲はどのように設定したらよいのかなどである。これらは、今後の検討項目である。 また、事業区分ごとに一律のみなし仕入率を設定して運用されている簡易課税制度の弊害は、各事業者間の利益率のばらつきが大きいサービス業の事業区分において顕著に表れているのではないかと考える。サービス業のみなし仕入率は厳格化の方向で改正が行われてきたが、こうした一連の改正はサービス業全体の実際の課税仕入率、裏を返せば実際の付加価値率の平均値等に照らして妥当だったのか疑問がある。今後、この点を含め簡易課税制度による弊害について、法人企業統計の付加価値額等の各種データに基づき検証する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画では、消費税に関する実態解明のため、ネット・リサーチを平成27年度に続き、平成28年度においてもネット・リサーチ又はその他の方法での実態調査を実施する予定であった。しかし、平成28年11月18日の参院本会議の決議で税制改正関連法が可決、成立し、消費税率8%から10%への引き上げを平成29年4月から平成31年10月に再延期することが決まったことから、消費税増税に向けた事業関係者や一般の人々の意識や関心が相対的に低くなったと考えられ、本研究においてネット・リサーチ等を実施しても、それらを的確に把握することは期待できないと判断し、その実施を延期することが妥当と考えた。 消費税増税に向けた政治的な動きには不確定なところがあるが、その再延期の期限が近づくにつれて事業関係者等の意識や関心が再び高まるとともに、簡易課税制度の見直しに関する具体的な動きが出てくると予想されることから、本研究における未使用額は、これらの動きに合わせた実態調査のために、平成30年度において使用することにしたい。 これまで公表した研究論文では,簡易課税制度が中小事業者の転嫁困難性によって生じている損税の負担を解消又は軽減しているという想定の下で論述しているが、このようなケースに該当する事業者に対して実態調査を行って確認したわけではないので,平成30年度ではその実態調査を実施した上で検証する予定である。
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