研究課題/領域番号 |
15K13009
|
研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
有江 大介 横浜国立大学, 大学院国際社会科学研究院, 名誉教授 (40175980)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | キリスト教 / 合理主義 / 自由思想 / 不可知論 / 政教分離 / ヴィクトリア時代 / ポピュラーサイエンス / ベンサム主義 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、ヴィクトリア時代中期から20世紀初頭にかけての合理主義的宗教批判の潮流の中におけるJ.M.ロバートソンの位置について、同時代の信仰擁護派も含めた彼を取り巻く思想家、著述家の議論と対比させながら総括的な検討を行った。その際、彼が関わったロンドンの反宗教啓蒙団体South Place Ethical Societyの後進であるConway Hall Ethical Society図書館での資料調査を行った。以上により、平成27年度と28年度での18世紀以降の理神論・懐疑主義・無神論の系譜の検討や彼の代表作History of Freethought in the Nineteenth Century (1899) を中心とした彼の思想や方法の検討を行の上に立って、つぎのようなロバートソンの社会思想史的な位置づけと評価を得ることができた。 第1に、ロバートソンは19世紀後半ヴィクトリア時代の“時代精神”である科学に依拠した典型的な合理主義的宗教批判を表明したといえるが、J.S.ミルやハクスリーのような、認識論を踏まえた神学的批判やダーウィニズムの展開に対応した十分な理論構成を持つことがなかった。第2に、むしろ、労働者階級への啓蒙活動に尽力したことに示されるように、ロバートソンはあくまでも“popular science”の領域での啓蒙的なジャーナリスト的思想家であると評定できる。この点は、同時代に大衆的影響力を持った一方で、雑誌記事などから本人はベンサム主義者や不可知論者に共鳴していた反面、彼らや知識階級からは高い評価を獲得することはなかったという傍証を得た。第3に、この系譜は現代英国における「神はいない」運動などの大衆運動との関連とそれへの影響が推察されたが、これは現代の宗教批判の意味は何かという新たな本格的研究の一環としての今後の課題である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
29年度は、代表者の定年退職2年目であり、引き続き学内行政から離れて研究課題の検討に集中できる状態が継続し、また学内の共同研究室の利用も引き継ぐことができたため、研究課題に関わる テキストにいっそう沈潜することが可能となった。また、日本ピューリタニズム学会と社会思想史学会の二つの学会の年次大会において、イスラム教と寛容とテロリズムに関するシンポジウムに参加したことが、社会生活における宗教と政治、原理主義的信仰の持つ問題点についての考察を深めるきっかけとなった。この点は、ヴィクトリア時代後期において神の存在に疑念を示したJ.M.ロバートソンの社会思想史的評価を考える上での新たな視点を提供されたと評価できる。 より具体的には、直接の対象である19世紀ブリテンだけでなくアメリカや日本との比較の視点、不寛容と暴力 に溢れる現代の宗教紛争への視点といった、研究開始前には必ずしも想定していなかった視野の広がりを得ることができたことを指摘したい。つまり、宗教と経済と政治の関連を課題とする研究に弱点を持つわが国の研究状況を鑑みたとき、こうした方向での視点の拡大は、最終年度での研究成果の内容の豊富化を期待させるものと、代表者自身は捉えている。また、28年度に予定していて実現できなかったロンドンでのThe Conway Hall Ethical Society(旧The South Place Ethical Society)図書室でのロバートソン関係の資料調査が、短期間ではあるが平成30年3月に実現できたことを挙げておきたい。 以上が「おおむね順調に進展」とした主な理由である。
|
今後の研究の推進方策 |
外国を対象とした人文・社会科学の思想史的個人研究という性格上、必要かつ重要なのは関連研究者との研究会、学会等における報告と討論の機会をいかに確保するかである。また、社会科学領域での宗教にかかわる研究課題はわが国ではもっとも蓄積の乏しい研究領域でもあるので、直接的にではなくとも間接的に関連するようなテーマが学会等で課題となった場合には、極力報告等で参加するという姿勢を継続する。中心テキストの読解は前提として、今後の推進方策はそれに尽きる。これらが遂行されることによって、研究成果の論文や書籍による発表の条件が整備されるのは言うまでもない。 具体的には、国内では経済学史学会第82回全国大会(東京大学・本郷、平成30年6月2日-3日)にて19世紀後半アジアでのアダム・スミスと西欧経済学の受容のあり方について新渡戸稲造のキリスト教に関連させた報告をする。また、日本ピューリタニズム学会第13回全国大会(国際基督教大学、2018年6月23日)ではキリスト教とイスラムにおける寛容の問題に関するシンポジウムに司会および発題者として参加する。国外では、本研究課題研究の最終成果のうち、J.S.ミルを中心とした19世紀ヴィクトリア時代のベンサム主義者による宗教批判の部分について、第15回国際功利主義学会ドイツ・カールスルーエ大会(平成30年7月24日-26日)にて報告を予定している。 また、本研究課題の最終年度であることから、上記の成果発表関連の活動に加え成果の刊行に向けての資料の確認と整理、およびまとめの執筆活動を重視する。その際、上記国際功利主義学会への参加に併せてロンドンのThe Conway Hall Ethical Society図書室での資料の再確認等の調査を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
<理由> 成果発表を予定していた国際功利主義学会が、本補助金の当初の最終年度内ではなく次年度での開催になったために研究年度の延長が承認されたためである。結果として次年度使用額は少額である。
<使用計画> 延長年度の平成30年度では、上記第15回国際功利主義学会ドイツ・カールスルーエ大会の参加登録費が主たる使用費目となる。残余は研究成果刊行に向けての検討対象資料の整理等の研究補助ための支出に充てる予定である。
|