本研究の目的は、日本型シティズンシップのアイデンティティのあり方を建築・文学・批評などの諸領域を検討し明らかにすることであった。戦後のナショナルアイデンティティの形成期を1955年前後と考え、当時共有されていた問題意識や価値観を分析した。 これまで2015年度は研究の枠組みを整理、関連する論文を発表した。2016年度は日本社会学会大会で1950年代の文化と政治に関する報告を行った。また理論・歴史研究論文を発表した。さらに翌年度にかけ近代文学の専門家との研究交流を行った。2017年度は地方の文学館・博物館の実地調査を行いより広い視点の確立を目指した。理論・歴史研究としては1950年代の日本の家族社会学について再検討する論文を発表し、植民地研究との接合もはかった。 2018年度は補足調査を進めるとともに成果のまとめとして近代日本のシティズンシップ史について報告、内容の論文化(19年度に発表予定)に取り組んだ。丸山ら市民社会派(とアメリカの研究者の討論)と、本研究の主題である丹下・大西らの問題意識の関連を検討した。これらの研究を通じて、1950年代における日本のナショナルアイデンティティの確立は、日本の独自性を掘り下げるといった方向性よりもむしろ、アメリカ、欧州、そして共産圏などの、いわば「複数のコスモポリタニズム」との対峙を通じて行われようとしていたことが明らかになった。従来こうした対峙は右派・左派などの色分けにより別個に論じられてきたが、どの分野においても強く世界性を意識しながら日本におけるアイデンティティを思考し、作品制作や社会運動などの実践がなされていたと言える。 2019年度からは本研究を発展させるとともに新たに基盤研究(B)「『市民』に必要な能力は何か」に取り組んでいるが、ここでも市民的アイデンティティが大きな問題となることから、本研究の成果を活用していく予定である。
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