本研究の目的は、科学的知識が世代から世代へと伝達される中で累積的に発展していく過程を、認知科学における科学的発見課題を用いて明らかにすることである。本年度は、Dunber (1989)が実験で用いた課題を参照し、参加者がコンピュータ上で実験を実施しながら分子生物学における遺伝子発現に関する理論を発見する課題を作成した。具体的には大腸菌がβ―ガラクトシダーゼによってラクトースを分解する遺伝子の仕組みを、遺伝子組換えを行なった大腸菌を用いた仮想的な実験をコンピュータ上で行う課題である。過去の研究によれば、自然科学専攻の大学生であっても、単独個人では正答を見出すのが困難であることが知られている課題である。そして本実験課題を用いて、パイロット実験を実施した。具体的には参加者が単独で課題に取り組み、パソコン上の仮想実験を通じて見出した科学的知識を記録した。そして別の参加者がその記録を読んだ上で、新たに単独で課題に取り組み、見出した知識を記録することを繰り返した。単独個人による課題を、1人の科学者の研究とみなすならば、この実験は前世代の科学者が見出した知識が、世代間伝達を経て累積・更新されていく過程を実験室内に再現したものと考えることができる。パイロット実験の結果、参加者が見出した説明が、世代を通じて伝達される中で累積的に進化していくことが確認された。また世代から世代へと理論が伝達されていく中で生じる科学的知識の変化を分析するための手法を検討した。
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