災害リスクの心理学研究において、個人のリスク認知の高さが実際の災害対策行動にあまり結びついていない、あるいは、両者の関係が全く確認されないというリスク認知パラドクス(Risk Perception Paradox)が問題となっている。本研究課題は、(1)リスク認知パラドクスを確認し、それが生じる理由を実証的に検討し、(2)その知見を生かして災害への準備行動を促すための処方を提案、効果測定を行うことを目的とした。本年度はこれまで得られた知見を踏まえ、操作な可能な要因を独立変数として取り上げたフィールド実験を実施し、準備行動を行っていない人に対して、行動レベルの防災準備を促進する方法を検討する計画であった。研究は計画通りに実施され、防災準備促進要因として “災害準備の一部の提供”がとりあげられた。実験の設定としては、防災講演を実施し、その中で災害準備が提供される条件と、そのような提供がなされない条件とを設け、参加者への影響を検討した。理論的には、(a)災害準備策を提供されることでリスク認知が低下してしまい、その結果、個人の災害準備の行動意図が全般的に低下し、災害への脆弱性を高める、という予想と、それとは逆に、(b)災害準備の提供は災害リスクの存在を再確認させ、その第1ステップを援助することで災害準備の行動意図を高める、という予想とが成り立つ。分析の結果は概ね後者を支持する方向にあり、少なくとも、災害準備の一部の提供がそのものの今後の準備やそれ以外の災害対策についての行動意図を低下させるという悪影響は観察されなかった。研究結果は、政府や自治体などが市民への防災を呼びかける場合に、第1ステップとしての災害準備を提供することの有効性を示唆するものであった。
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