研究課題/領域番号 |
15K13209
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
西島 央 首都大学東京, 人文科学研究科, 准教授 (00311639)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 学校トイレ / 社会疫学 / 公衆衛生 / 学校環境衛生 / ガーナ / 社会インフラ |
研究実績の概要 |
平成29年度は、前年度に調べた明治期~昭和中期の長野県内の小学校のトイレの整備の展開と、ザンビアでの予備調査を踏まえて、①日本の現在の小学校での健康教育の取り組みにあたって、学校トイレをはじめとする設備の状況について、どのような経緯でどのような実態になっておりどのような課題があるのかを、養護教諭等から聞き取ること、②ガーナを具体的な対象国としてアフリカの公衆衛生状況と学校の環境衛生状況のフィールドワークを行うことを主な目的としていた。 第一に、小学校のトイレや手洗い場の設備が、いつ頃からなぜ現在のようになってきたのかという経緯については、子どもの衛生・健康という教育的な意図の強まりがある一方で、その実践に必要な設備を可能にした社会状況があるのではないかということがわかってきた。 第二に、ガーナでは、JICAのスタッフや現地教員の協力を得て5校でのフィールドワークを行った。子どもの衛生・健康に対する教師の意識は決して低いものではないが、その実践のために必要な社会インフラの整備も個々の学校レベルでのそのための設備・備品の整備も取り組める社会状況にないことがうかがえた。 第三に、これらの調査をふまえて、建築学者や医学者と意見交換を行った。その結果、日本の学校のトイレの整備にあたっては、大正期から昭和中期にかけて社会インフラの整備が進んでいくこととの関係性を明らかにする必要があることがわかってきた。 その経緯と関係性を明らかにすることは、第一に、日本国内の現在の健康格差の問題に対しても、学校環境衛生という学校教育の役割を再認識することにつながり、第二に、子どもの衛生・健康状態に問題を抱えている発展途上国に対しても、中長期的に学校教育での取り組みのために社会でどのようなことが必要なのかの示唆につながると考えられる。つまりは、社会疫学的な捉え方が求められることがわかってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
前年度の時点ではおおむね順調に進展してしたが、その段階で、「学校の施設・設備の整備が児童の衛生・健康に影響しているのではないか」という大きな仮説に関して、新たに、学校トイレだけでなく上水道の整備が必要だったのではないかという仮説を追加するに至った。 本年度はその仮説を含めて検証・考察を進めるべく、主に日本の小学校の養護教諭等に対する聞き取りと、ガーナでの小学校のトイレ設備状況のフィールドワークを行った。また、それらの調査データについて建築学者や医学者と意見交換を行った。 その結果、学校におけるトイレ・手洗い場・水道等の有無が衛生・健康教育の有無に影響し、それが子どもたちの衛生的な行動を左右し、社会の公衆衛生状況を規定するというモデルが描けると考察するに至った。しかしそれにとどまらず、そのモデルの背後には、上水道を含む社会インフラの整備等が不可欠であることもわかってきた。 社会インフラの整備は、学校教育活動の域を超えてくるものであり、たとえば子どもの衛生・健康に対する教師の関心が高まっていったとしても、そのことだけをもって社会インフラの整備を進めることはあまり望めない。そこで、他の要因を含めて社会インフラの整備がいつなぜ進んでいったのかを調べないことには、本研究の根本の問題意識に妥当性をもって応える考察や実践に対する一定の示唆をすることはできないと考えるようになった。 そこで、日本国内で調査地としている長野県の各自治体史誌の当該項目の検討にも取り組んでいるが、社会インフラの整備の背景と経緯を的確に理解するためにどのような領域の先行研究を確認するべきかがまだわかっていない。その作業に取り組まなければ、本研究の成果を適切にまとめることができない。大きな仮説を検証するために、新たな仮説をもてたことは研究の広がりという点で望ましいが、進捗状況としては遅れていると評価することになる。
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今後の研究の推進方策 |
以上の状況をふまえて、日本において上下水道を中心に社会インフラの整備が、いつ頃からなぜ進んでいったのか、それと学校トイレの整備の発展との関係性がどうなっているのか、教師や社会の子どもの衛生・健康に対する意識はどうだったのかを捉える必要があると考えるにいたった。そこで、社会インフラの整備の状況を調べてから研究成果をまとめることにしたため、期間延長を申請して、認められた。 具体的には、第一に、日本において上下水道の整備がどのように進んでいったのかについて概要を把握したうえで、とくに調査地である長野県ではどうだったのかを、各自治体史誌と上下水道整備に関する研究などをもとに確認し、整理する。第二に、いくつかの学校を事例に、社会インフラの整備と学校のトイレ等の水場の整備との関係を調べる。第三に、発展途上国での“衛生意識”形成のための教育開発援助への示唆に資する知見導出に向けては、上下水道に関する社会インフラ状況の大きく異なる2国を選んで、小学校のトイレと水場の状況に関するフィールドワークを行う。 以上の調査研究の成果を統合して、日本の学校教育に対しては「健康格差」の縮減・回章に、発展途上国の学校教育に対しては“衛生意識”形成に、それぞれ資する学校施設・設備等のハード面からの示唆となり得る知見を提出する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は、日本の学校におけるトイレのあり方の発展と、子どもたちの衛生状況に対する教師のまなざしの誕生と変遷を、学校文書を通して検討することと、その知見をもって、発展途上国、中でも感染症が社会問題となっているアフリカの学校の環境衛生改善に資することを目的としている。 平成29年度には、日本の小学校における養護教諭等への聞き取りと、ガーナの小学校におけるフィールドワークを行い、その調査データに関して専門家との意見交換を行った。その結果、新たな背後仮説を導出するに至った。そこで、それに関わる歴史的経緯の確認や先行研究の知見の整理をすることとしたため、当初複数国で予定していたアフリカでのフィールドワークを1ヶ国しか行わないことになり、また成果をまとめる報告書作成も延期することになった。 平成30年度は、第一に、引き続き入手済みの資料の検討と考察を行う。加えて、とくに上下水道等の社会インフラの整備の経緯等に関する資料や先行研究を入手して、その整理を行う。文献の購入費等の経費を予定している。第二に、アフリカの学校のトイレと水道の調査を行う。上下水道等の社会インフラ状況の大きく異なる2ヶ国を選び、各国数校のフィールドワークを行う。国外旅費をそのための経費として予定している。第三に、これまでの成果をまとめた報告書の作成を予定している。印刷費はそのための経費である。
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