本研究は、フォトンとフォノンの類似性から着想したバンドエンジニアリングにより、成熟した光波制御技術を伝熱工学分野に応用し、新しい伝熱制御技術を芽吹かせることを目的として行われた。伝熱工学において熱拡散は粒子描像で扱うが、格子振動の集合である熱は本来波動性を有するため、波動性に基づいた伝熱制御が可能なはずであり、シリコン薄膜にフォノニック結晶ナノ構造を形成することで、その実証に成功した。 フォノニック結晶とは周期的な構造であり、本来波の性質を持つフォノンは、コヒーレンスが保たれている状況で干渉が起こる。干渉によってフォノンの群速度が変化するため、フォノンの集団的輸送現象である熱輸送が大きく変化する。 本研究では、シリコン薄膜に周期300 nm程度の間隔で、直径約200 nmの円孔を正方格子または三角格子状に形成することで周期構造を作製した。本構造の熱伝導率を4 Kから300 Kの間で測定した。周期構造とその周期をあえて乱した人工アモルファス構造を用意して熱伝導率を比較した。この比較によって、表面散乱による熱伝導率の変化を取り除いて、周期構造に起因する干渉に基づく熱伝導率の低下を取り出して評価することが可能になった。その結果、4 Kにおいて完全な周期性を有するフォノニック結晶ナノ構造では、群速度低減効果により熱伝導率が低くなることを見出した。周期性を乱すことにより、フォノンの波動性に基づいた熱伝導率制御が可能なことを世界で初めて実証した。この結果は、固体物理学におけるマイルストーン的成果であり、特に伝熱工学分野において、その活動を粒子的描像から波動的描像の領域に拡張する第一歩のとして位置づけられる、意義のあるものである。 したがって、本研究は予定通り光波制御技術の伝熱工学への応用可能性を示せたといえる。
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