研究課題/領域番号 |
15K13361
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
荻野 俊郎 横浜国立大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (70361871)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | エクソソーム / 吸着 / 固体基板 / 原子間力顕微鏡 / 脂質二重膜 / タンパク質 / ガン診断 |
研究実績の概要 |
エクソソームはあらゆる細胞から放出され、あらゆる体液に含まれており、ホスト細胞のもつタンパク質やマイクロRNAなどの特有の物質を運んでいるため、ガンの早期発見に有力な手段を提供すると期待されている。しかし、エクソソームは脂質二重膜で覆われた直径30-150nmの小胞であり、光学顕微鏡の分解能以下のサイズであるため、観察・特徴抽出技術が容易ではなかった。これまで透過電子顕微鏡により観察されてきたが、試料作製が煩雑である一方、得られる情報が小胞の直径などに限られていた。一方、エクソソームの固体基板への吸着様態は、小胞を作る脂質やその骨格タンパク質、あるいは膜に埋め込まれたタンパク質や内包物の量などのホスト細胞の特性を反映し、ホスト細胞を特定するための様々な特徴抽出が可能である。また、観察手段として広く普及している原子間力顕微鏡(AFM)などの簡便な手段が利用できる。 本研究では、エクソソームをSi酸化膜上に吸着させ、緩衝溶液中で吸着様態を観察した。その結果、吸着はエクソソームの性質を反映して、(1)変形のみを伴う吸着、(2)周辺がつぶれて目玉焼き状になった吸着、(3)破裂はしないが内包物が流出して2層の脂質二重膜につぶれた吸着、(4)破裂展開を伴う単層の脂質二重膜を形成する吸着の4種類に分類されることが分かった。さらに、3種類のガン細胞から採取したエクソソームの特徴を、平均高さ、最大高さ、吸着面積、など11個のパラメータで特徴づけると、3種類のガン細胞のどれかから得た別のAFM像のエクソソームは、信頼性の高い誤差範囲で正しいホスト細胞に分類されることが分かった。これらの結果から、固体基板への吸着による変形を積極的に用いるホスト細胞特定方法は非常に有力な手段であることが証明された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目標の第一点は、固体基板上でのエクソソームの変形・破裂・展開を含む吸着モードの観察技術を確立し、エクソソーム一個一個のタイプと基板表面との相互作用を明らかにすることによって、エクソソームのホスト細胞に関する特徴を抽出する技術を開拓することであった。この点については、ガン細胞から抽出したエクソソーム一個一個を平均高さや最大高さなどの多数のパラメータによって特徴づけ、その多次元データによってホスト細胞を特定する手法の有用性を明瞭に示すことができている。この手法は機械学習と呼ばれる解析手法であるが、原子間力顕微鏡という観察手段を採用したことにより、多くのパラメータの抽出を可能にしている。 次に目標とした点は、生体内で作られるエクソソームという複雑な膜構造をもつ小胞を、既知の組成をもつ人工ベシクルと比較することにより特徴抽出を行うことであった。研究実績の概要でエクソソームの吸着様態は4種類に分類されることを示したが、人工脂質二重膜小胞では基本的に(1)変形のみの吸着か、(4)膜展開する吸着のどちらかであることを既に実験的に得ている。この特徴から、エクソソームはさまざまな骨格タンパク質によって強化されており、展開しにくいことが分かる。すなわち、固体基板への吸着と変形によってエクソソームの機械強度が評価でき、それはすなわちホスト細胞の特徴を引き継いでいるため、ホスト細胞特定の有力な情報となる。 以上のように初期の目標にはすでに到達しており、現在、さらに拡大して機械学習による高信頼なホスト細胞の特定方法の確認と、基板によるエクソソームの選別へと目標を拡大している。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」で述べたように、すでに初年度で当初計画の目標を達成する成果を挙げているので、2年度目は目標をさらに高度化する。まず、これまで開拓してきた機械学習によるエクソソームの特徴抽出については、原子間力顕微鏡による固体基板上での吸着・変形を特徴づけるパラメータの数をさらに増し、あるいは真に特徴抽出に有効なパラメータに限定し、ホスト細胞特定の精度を高める。また、吸着様態のデータを取得する基板の選択についても検討し、特徴抽出に適した基板があるのかどうかを明らかにする。 次に、固体基板上に吸着し変形したエクソソームは、液中で本来の形状を保っている試料に比べてはるかに情報が豊かであり、ホスト細胞の特徴抽出に有利であることが明らかになった。したがって観察手段として緩衝溶液中に限る必要はなく、「乾いた」試料からも異なるデータが得られることが予想できる。すなわち、乾燥させることによって膜内に閉じ込められたタンパク質などの情報が得られることが期待できる。これは、タンパク質と同スケールの金属ナノ粒子包埋脂質二重膜によっても確認されており、特徴抽出に有力であることが示唆される。 以上のように、吸着様態の観察による特徴抽出は予想以上に強力なツールとなりえるので、連携研究者のがん研究所・蛋白創製研究部・芝清隆部長との連携も強化し、サンプルの提供を受けるとともに、ガン診断につながる評価手段を目標とする議論を深める。
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次年度使用額が生じた理由 |
27年度はエクソソームのAFM像からの特徴抽出が予想以上に有効であったため、経費の比較的かからないソフト上の研究にまず注力した。一方28年度は、27年度に判明した乾燥試料の有効性検証まで計画を拡大しており、そこでは凍結乾燥などの新たな実験が必要となる。したがって、28年度は27年度開始時期には予定していなかった消耗品の経費が新たに発生することになり、27年度経費の一部を28年度に繰り越して使用することとした。
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次年度使用額の使用計画 |
「理由」で述べたように、本研究は予想以上の成果が出ており、開始時期には予定していなかった研究まで含めることとした。具体的には、基板に吸着したエクソソームの凍結乾燥試料作製に必要な四酸化オスミウム等の消耗品類の購入と、透過電子顕微鏡観察の外注を計画している。また、有用な成果が得られたので、成果の発信に必要な国際会議参加費の増額を計画している。
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