研究課題/領域番号 |
15K13393
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
岡嶋 孝治 北海道大学, 情報科学研究科, 教授 (70280998)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 原子間力顕微鏡 / 細胞レオロジー |
研究実績の概要 |
細胞の力学特性は細胞機能と密接に関係している.従って、精密な細胞力学計測は、細胞物理学の基礎と言っても過言ではない.しかし、粘弾性体である細胞の力学基本量である複素弾性率(細胞レオロジー)の詳細な空間分布は未だ不明な点が多く、計測法も確立していない.本研究では、初年度に、細胞レオロジーの定量マッピングが可能な多重周波数フォースモジュレーション原子間力顕微鏡法を開発することを目的とした。 細胞の弾性率は時間および周波数の関数である。従って、細胞力学物性を定量化するためには、弾性率の時間または周波数依存性を計測することが必要である。本研究では、弾性率の周波数依存性をマッピングすることが可能な手法、多重周波数フォースモジュレーション法、を開発した。本手法は、通常のフォースモジュレーション法を基にしている。通常のフォースモジュレーション法は、カンチレバーをサンプルに接触させた状態で、特定の周波数で変調(モジュレーション)することにより、応力歪み応答の振幅と位相を測定する方法である。一方で、多重周波数フォースモジュレーション法は、変調周波数を多重化することにより、局所領域の弾性率の周波数依存性をマッピングする。多重周波数信号の位相を調整して、重畳信号の振幅を最小化し、多重周波数成分をロックイン検波することにより、各測定点の複素弾性率を周波数の関数として定量測定を可能にした。多重周波数フォースモジュレーション法を用いて、生細胞の空間マッピングを行い、50から500Hz程の周波数範囲の複素弾性率マッピングに成功した。そして、貯蔵弾性率の周波数依存性を表すレオロジー変数が細胞内の固有な構造と密接に関係していることを明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
多重周波数フォースモジュレーション顕微鏡法に基づく細胞レオロジー変数のリアルタイムイメージング技術を開発した.要素技術として,1) FPGAを用いた多重周波数フォースモジュレーション法の開発,2)マイクロコンタクトプリント法による細胞形状・構造制御法の制御技術の開発,3)単一細胞・複数細胞のパターン化とその特性評価を行い,4)細胞レオロジー変数のリアルタイムイメージングを実現した.AFMによる細胞力学イメージングに関する研究は,今日まで20年以上の膨大な報告がある.しかし,過去の研究は,測定条件に強く依存するヤング率,または特定周波数の弾性率のイメージングであり,細胞固有の粘弾性のイメージングは未だ実現されていない.多重周波数フォースモジュレーション法を用いて,細胞の複素弾性率の周波数依存性の直接イメージングが実現された.
|
今後の研究の推進方策 |
(1)細胞レオロジーと細胞骨格構造との関係を明らかにする。薬剤により細胞骨格構造を変化させ、そのときの細胞の複素弾性率の周波数特性を明らかにする。特に、薬剤の導入前後の細胞レオロジーと細胞骨格構造の時空間変化を追跡することにより、個々の細胞のばらつきを考慮した解析を行う。次に、(2)細胞周期の変化に対するレオロジーマッピング測定を行う。細胞周期の変化により細胞の力学特性が変化すると考えられているがその定量データは未だ得られていない。これは、細胞周期に対する変化が個々の細胞の個性に埋もれているからであると考えられる。そこで、本研究では、マイクロ加工基板上に細胞をパターン化し、細胞周期変化前後の細胞のレオロジーを追跡する。さらに、(3)正常細胞とがん細胞の細胞レオロジーの定量比較,を行う.がん細胞のモデル細胞系としてセルラインとプライマリーとを用いる.予備実験から、 AFMにより,細胞の複素弾性率のべき乗指数とニュートン粘性係数において,正常細胞とがん細胞の統計分布の有意差があることが分かっている.従って,細胞レオロジーの空間分布もこれらの正常・がん細胞間で大きく異なることが予想される.がん細胞の悪性化において重要な浸潤特性と細胞ダイナミクスとの関係に注目し,これらの細胞の細胞骨格構造依存性とATP依存性を明らかにする。本研究により、細胞レオロジーの時空間構造とがん浸潤・転移との連関を解明されると期待される。
|