細胞の力学特性は細胞機能と密接に関係している。従って、精密な細胞力学計測は、細胞物理学の基礎と言っても過言ではない。一方で、粘弾性体である細胞の力学基本量である複素弾性率(細胞レオロジー)の空間分布は未だ不明な点が多く、計測法も確立していない。本研究では、初年度に、細胞レオロジーの定量マッピングが可能な多重周波数フォースモジュレーション原子間力顕微鏡(AFM)法を開発した。その結果、これまでの測定法とほぼ同じ時間で細胞レオロジーの周波数特性のマッピングが可能なAFM装置システムを開発することができた。次年度は、この多重周波数フォースモジュレーションAFM法を用いた応用研究を行った。大別して3つの研究成果を得た。(1)細胞レオロジーと細胞骨格構造との関係に関する研究を行った。薬剤により細胞骨格構造を変化させ、そのときの細胞の複素弾性率の周波数特性の詳細を解明した。特に、薬剤の導入前後の細胞レオロジーの時間変化を追跡することにより、個々の細胞レオロジーのばらつきが外場に強く依存することを発見した。(2)正常細胞とがん細胞の細胞レオロジーの定量比較に関する研究を行った。マイクロパターン上に正常細胞とがん遺伝子を発現した細胞のマッピング測定から細胞診断能を評価した。(3)細胞レオロジーの周波数領域測定と時間領域特性の計測精度に関する研究を行った。周波数領域測定である多重周波数フォースモジュレーション法は、時間領域測定に比べて、高い精度で細胞レオロジー変数のマッピングが可能であることが分かった。
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