本課題は,磁石の統計力学模型として長い間研究の対象となってきた「強磁性イジング模型」に対する次の二つの未解決問題に取り組むことである.(1)プラス境界条件下における有限系1スピン期待値の自発磁化への収束の様子を明らかにすること.(2)低温相において帯磁率(=プラス境界条件下における2スピン共分散の和)が収束すること.
どちらの問題においてもカギとなるのは,スピンの値が2値しか取り得ない事実を上手く使った「ランダムカレント表示」と呼ばれる確率幾何的表現である.この表現を用いると,プラス境界条件下における有限系1スピン期待値は「その1点から伸びたクラスターが系の境界に達するパーコレーション事象に関する量」,プラス境界条件下における2スピン共分散は「その2点を同時に含むクラスターが有限であるパーコレーション事象に関する量」として解釈できる.その結果,(1)の問題のうち最も難しい問題である臨界温度直上における減衰の速さを特徴づける「1-arm指数」が4次元より上で1以下になることを証明することができた.これは,従来のハイパースケーリング不等式による上界(d-2)/2(ただしdは空間の次元)を遥かに改善したものになっている.Markus Heydenreich氏(ドイツ)と半田悟氏(北大)との共著が完成し,Charles Newman氏の70歳を記念したfestschriftに受理された.
尚,(2)の課題に関しては,別の確率幾何的表現である「ランダムクラスター表現」や,それに対応する統計力学模型である「ポッツ模型」を用いて,制約つきながら,臨界点以外での2スピン共分散の指数関数的減衰が証明された(Duminil-Copin et al.による)ため,その制約が外せるかどうか,どのような解析的問題を解決しなければならないのか,現在も検討中である.
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