本研究では,これまで実行困難であった多重極限下における熱伝導率測定を可能にするための実験手法開発に取り組んだ。本手法では,試料上に作成した細い薄膜抵抗を温度センサー兼ヒーターとして使用し,交流熱を発生させた時の試料の熱応答を測定する。まず,極低温に適した温度センサーの材質の最適化を行ったところ,成膜のしやすさ,感度等の特性においてAu-Ge合金膜が適していることを見出した。これにより本手法の極低温への拡張がしやすくなったことは重要な進展である。そしてこのAu-Ge合金膜を用いた実験を行い,金属皮膜では測定困難であった3Kまでの極低温での交流熱応答の測定に成功した。そこで得られた結果を従来の定常法の結果と比較したところ,熱伝導率の値は同程度ではあるが有意な差があること,そしてその差がAu-Ge合金膜のインピーダンスが高いことに起因した測定回路の問題であることを明らかにした。そこで,高いインピーダンスにも対応できるよう回路の再設計・再構築を行なった。 このAu-Ge合金薄膜を用いた測定の最適化と並行して,Au薄膜を用いた圧力セル中のYBa2Cu3O7-δの熱伝導率測定に取り組んだ。その結果,測定精度に改善の余地があるものの熱伝導率の温度依存性が精度範囲内で文献と定性的に一致することを確認した。しかし,その絶対値は文献と同じオーダーではあるが,確度・精度が比較するには不十分であることがわかった。従来の定常法ではわずかでも真空度が低下するだけで熱伝導率の見積もりが全くできなくなることを考えると,精度・確度が不十分とはいえ圧力媒体中において熱伝導率が測定できたことは極めて重要な結果でありその意義は大きい。現在,測定精度・確度の向上のためのシステムの改良を行なっており,高温では定常法の結果と良い一致が得られていることを確認している。
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