研究課題/領域番号 |
15K13518
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
根本 祐一 新潟大学, 自然科学系, 准教授 (10303174)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 超音波 / 原子空孔軌道 / 強相関電子系 |
研究実績の概要 |
超音波で物質中に入射した歪みは波動として伝搬し,電子系がもつ電気四極子と結合してエネルギー利得を生む。そのため,電子系に電気四極子が存在すると,超音波の伝搬速度vの2乗と質量密度rhoの積で決定される弾性定数Cの温度依存性には,低温になるほど減少を示す1/Tに比例したソフト化が観測される。これを低温ソフト化とよぶ。シリコン結晶の原子空孔は,その軌道半径が2 nmにも及び,極めて大きな四極子-歪み結合定数g=2.8x10E5 Kをもつので,10E12-10E13 cm-3の希薄に存在する原子空孔を観測できることがこれまでの研究から明らかとなっている。超音波法による弾性定数測定には,通常ニオブ酸リチウムなどの単結晶圧電素子を試料に接着し,結晶中を伝搬するバルク超音波を利用するが,産業界で用いられるシリコンウェーハでは,表層領域やバルク領域の品質を高度に制御して製造しているため,表層を伝搬する表面弾性波(Surface Acoustic Wave)に着目し,表面弾性波によるシリコンウェーハの弾性定数測定に適用し,原子空孔軌道が電気四極子を持つことによる低温ソフト化と磁場依存性の観測に成功した。微細化が進む半導体産業では,ナノレベルの微小欠陥であるボイド(Crystal Originated Particle)や酸素析出物(Bulk Micro Defect)などの制御がますます重要な課題となっている。原子空孔はこれらの微小欠陥の生成因子であることが知られているが,原子空孔そのものを観測できていなかったため定量評価には至っていない。そこで,超高感度超音波計測による原子空孔の観測に基づき,原子空孔軌道の強相関物性を明らかにし,次世代半導体産業で要請されている微小欠陥制御の基盤技術開発につなげる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前年度までに,ボロンドープシリコン結晶における原子空孔軌道のもつ巨大な四極子と歪みとの相互作用の結合定数の大きさが,シリコンインゴット育成時に発生するPv(原子空孔優勢)領域,Pi(格子間シリコン優勢)領域およびAOP(異常酸素析出)領域で同等であることを弾性定数C44の低温ソフト化の実験データについて四極子感受率の解析により,低温ソフト化量に対する原子空孔濃度の関係を結合定数g=2.8x10E5 Kとして整理可能であることがわかった。また,低温ソフト化が観測されるには,立方対称を保った原子空孔軌道の存在が必要であるため,5年の経時変化を追跡した実験を行い,低温ソフト化を確認し,室温では少なくとも原子空孔軌道の量子状態が安定に存在することを確かめた。これをもとにH28年度は,希釈冷凍機を用いたボロンドープシリコンウェーハの1GPa静水圧下での10E-5オーダーの微小な低温ソフト化の観測に初めて成功した。静水圧下での四極子-歪み相互作用の結合定数は,常圧下での結合定数の大きさに比較して減少傾向が見られた。静水圧力下では大きく広がった原子空孔軌道間の波動関数が近づくので,圧力下で相互作用がどのように変化するのかは,原子空孔軌道の強相関物性を議論する上で重要な意味があるため,実験データの高精度化を含めて今後の課題である。10E-5程度の微小ソフト化を精度良く定量評価し,利用価値を高くするには,データの再現性および複数試料のデータの集積が必要である。そのため,シリコン結晶の経年変化や実験データの再現性の検討のための複数回の実験が必要であったが,新潟大学に設置のヘリウム液化システムの長期故障により,液体ヘリウムの供給停止が半年以上に及んだ。これにより当初計画の低温超音波実験が一部実施できず,進捗にやや遅れが生じたため研究期間を延長した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの超音波実験によるシリコン原子空孔の研究は,主に微細化が顕著なIT用半導体デバイスの基盤材料であるボロンドープp型シリコンを対象として推進してきた。ボロンドープシリコンでは,原子空孔軌道から電子が剥ぎ取られ,電荷状態V+であることを弾性定数C44および(C11-C12)/2の低温ソフト化およびその磁場依存性から明らかにした。他方,昨今の環境・エネルギー分野の戦略目標となっているパワーデバイスには,リンドープn型シリコンが主として用いられる。パワーデバイスの高効率化,高品質化には,基盤材料のバルク全体での品質向上が求められ,微小欠陥による耐久性低下や電流密度の低下,スイッチング不良などが危惧されている。これらの大きな課題に対応するには,まずリンドープシリコンにおける原子空孔軌道の量子状態を解明する必要がある。ドナーであるリンの添加により,原子空孔軌道に電子が供給されることが考えられるが,原子空孔軌道の電荷状態がV-なのかV--なのかは明らかになっていない。そのため,予備実験で得られた低温ソフト化を示した試料を用いて,希釈冷凍機による詳細な温度。磁場依存性の実験を進め,電荷状態の解明,ドーパント濃度依存性の有無を検証する。また,静水圧下での実験も行い,ボロンドープシリコンの結果と比較することで,原子空孔の理解を深め,四極子-歪み相互作用の結合定数の高精度化につなげる。シリコンウェーハメーカーとの共同研究が必須であるため,継続してグローバルウェーハズ・ジャパン,SUMCOとの産学連携のもと,半導体産業での実用化を目指す基盤技術開発を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
H28年度は,新潟大学に設置してあるヘリウム液化システムの故障による長期稼働停止があり,希釈冷凍機等の低温実験に必須の液体ヘリウムが半年以上にわたって使用できない事態となった。そのため,計画していたボロンドープおよびリンドープシリコンの詳細な温度・磁場依存性および静水圧力下での再現実験などができなくなり,一部研究の進捗が遅れたため。
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次年度使用額の使用計画 |
ボロンドープp型シリコン結晶の静水圧力下実験の再現性検証,およびこれまで電荷状態が未解明のリンドープn型シリコン結晶の希釈冷凍機を用いた超音波実験により,詳細な温度・磁場依存性を行うため,液体ヘリウム使用と,圧力下での超音波実験を行うためのセル加工および圧電素子に使用予定である。また,物理学会参加による資料収集およびウェーハメーカー,製造装置メーカーとの打合せのための旅費に使用予定である。
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