研究実績の概要 |
昨年度に引き続き、リン脂質の膜間距離の制御に向けた指針の探索を行った。その結果、荷電脂質膜の膜間距離が決定される機構を実験および理論から確立することができ、制御への指針を得ることができた。荷電膜間に働く電気二重層斥力はこれまでPoission-Boltzmann方程式を解くことで得られてきており、これとvan der Waals引力の足し合わせにより全ポテンシャルが記述されてきた(DLVO理論)。一方で本研究では、凝集した膜がバルクと共存する場合にはGibbs-Donnan平衡が働くことを指摘し、その元で電気二重層斥力を記述し直した。その結果、DLVO理論では説明できなかった、電解質中の共イオンの価数依存性を説明することができ、また実験で得られた膜間距離を非常によく再現できることが分かった(M. Hishida et al., Phys. Rev. E, 96, 040601(R) (2017).)。本成果により、100年以上にわたって信じられてきた電気二重層斥力の起源を修正することに成功した。これは大変歴史的で重要な成果といえる。現在これらの知見を活かし、制御された膜間での分子拡散の測定を試みている。 さらに、膜の水和状態の脂質分子依存性および相依存性をテラヘルツ分光法によって調べた。リン脂質の疎水基の違いによる水和状態の違いは小さいが、相依存性は大きいことが明らかになった。転移点において水和量は不連続に変化し、水の状態も転移的な挙動を示した(論文執筆中)。このことは、脂質膜の相転移に対して水が何らかの関与をしていることを示している。
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