研究課題/領域番号 |
15K13550
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
松林 伸幸 大阪大学, 基礎工学研究科, 教授 (20281107)
|
研究分担者 |
石塚 良介 大阪大学, 基礎工学研究科, 助教 (30462196)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 輸送係数 / 時間相関関数 / イオン対 / 分子シミュレーション / 空間分割 / Green-Kubo式 / 電気伝導度 / 粘度 |
研究実績の概要 |
本研究は、電池などの実用に供される濃厚イオン系を対象として、Green-Kubo の厳密な時間相関関数理論に依拠しつつ、イオン対のような直感にアピールする空間的概念を取り込むことで、時間的描像と空間的描像を統合した輸送係数の解析法を確立することを目的とする。28年度は、粘度に対する空間分割表式を定式化した。空間分割表式では、粒子対の距離で条件付けた応力ー応力時間相関関数を導入し、粒子対の全距離および応力ー応力の全時間ラグの積分によって粘度が表される。最初の計算対象を単純液体であるLennard-Jones系とした。計算は、三重点近傍の液体状態および低密度・中密度の超臨界状態で行った。まず、電気伝導度の場合と同様に、粘度を1体項と2体項の寄与に分割した。その結果、低密度状態では1体項が支配的であり、中高密状態では2体項が同程度以上の寄与をすることが分かった。次いで、粒子対の距離条件をつけて応力ー応力時間相関関数を全時間ラグで積分したものを解析した。この積分は、ある距離にある粒子対の粘度に対する寄与を表すものである。この積分は、粒子対の動径分布関数とおなじ位相で振動することが明らかになったが、遠距離でも0に収束せず、むしろ、MD単位セルの半分の距離を超えると大きくなることが見出された。粒子対の距離条件をつけた応力ー応力相関関数の積分を、粒子対の距離の上でさらに積分した。この積分の収束を見ることで、粘度における2体項の局在性が分かる。MD単位セルの半分の距離を超えると特異な挙動が見られることに鑑み、局在生をMD単位セルの半分以下と以上の領域に分けて解析を進めた。MD単位セルの半分以下では、近接粒子対が支配的な寄与をし、第2配位圏以遠の寄与はマイナーであった。MD単位セルの半分以上では積分値が再度増大することが見出されたが、これは、MD単位セルの周期性に由来することを明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
空間分割表式を解析の基盤として研究を進めている。これは、Green-Kuboの時間相関関数の一般的枠組みに粒子対距離のような空間的概念を導入して輸送係数を空間積分として表すものである。空間積分の上限に対する収束性から輸送係数の非局所性を議論することができる。この議論の枠組みは、電気伝導度や粘度など物理量の種類によらない一般的なものである。28年度には、粘度の空間分割表式のソフトウェア化を行った。中心的な作業は、粒子対距離で条件付けた応力ー応力時間相関関数を構成するプログラムを作成することであった。プログラムの作成後、単純液体であるLennard-Jones系の解析に進んだが、そこで、MD単位セルの半分以上の距離で粒子対の相関が0に減衰するのではなく、むしろ増大することを見出した。これは予想外の結果であり、当初はプログラムの間違いを疑い、MDの条件設定なども含めて詳細な検討を行った。この検討に多大な時間を要したため、進捗状況は「やや遅れている」となってしまったが、プログラムには間違いがなく、また、相関の増大傾向の理由も明らかになった。MD系が周期的であり、また、単位セルが立方体であることが理由である。応力ー応力相関を、さらに、粒子対ベクトルの方位に応じて分割すると、単位セルの辺に平行な場合は負、対角線方向にある場合は正であることが見出された。そこで、粒子対距離がMD単位セルの半分以下であれば、全方位を取ることができるため正負の相関はキャンセルし、粒子対距離が離れると応力ー応力相関は減衰していく。しかし、粒子対距離がMD単位セルの半分を越えると、単位セルの辺に平行となるより対角線方向に平行となる場合の方が多くなるため正の相関だけが残り、MD単位セルの半分の距離を超えると応力ー応力相関が正に増大するという特異な挙動を生むことが分かった。
|
今後の研究の推進方策 |
粘度の解析に、当初予定よりもはるかに時間がかかっている。現時点では、長距離における特異な振舞いの原因が分かったため、現在は、論文発表に向けたまとめを行っている。その後、28年度の後半に行う予定であった(Na,K)FSA系の解析に進む。(Na,K)FSA系の計算では、27年度に案出したMD/DFT法を用いる。空間分割解析は厳密な一般論であり、用いる力場の種類や精度に関わらず解析スキームは正しいが、実在のイオン液体系との比較を行うために、MD/DFT法による力場を採用する。MD/DFT法は、MDから100程度のスナップショットを取り出し、それらにDFT計算を行うことで原子部分電荷を求め、さらに、その原子部分電荷を用いてMDを行い、そのスナップショットのDFT計算から原子部分電荷を決定する・・・というプロセスを自己無撞着的に行う手法である。汎用力場を用いるとイオン液体のダイナミクスは実験に比べて桁違いに小さいことがしばしば見出されるが、MD/DFT法によって実験値と良好な一致の得られる力場を構成することができる。28年度は、別途、MD/DFT法の開発を進め、原子部分電荷の様々な決定法の優劣も比較しており、その成果に基づいて(Na,K)FSA系の計算を行う。主たる計算対象は、ナトリウムイオンの伝導度である。これを、ナトリウムイオン組成と温度の関数として解析する。解析の上の問題となるのは、個別のイオンの伝導度に対する参照フレームの問題である。参照フレームとは、イオンの動きを定義するため静止座標である。何を静止したものを設定するかによって、個別イオンの伝導度や輸率の値は変化する。空間分割解析は参照フレームの設定に関わらず行うことができるが、実際の実験との比較では参照フレームの同定は不可欠である。実験での参照フレームを精査し、空間分割解析プログラムに組み込むことが現在必要となっている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
28年度は、粘度の空間分割表式を定式化した後、プログラムを作成しテストケースとして単純液体への適用を行った。粘度は応力―応力の相関関数で決まり、そこに粒子対距離の情報を組み込む必要があるために、イオンの位置と速度だけの情報からなる電気伝導度に比べると計算プログラムは複雑なものとなる。そして、単純液体であるLennnard-Jonesへの最初の適用に進んだ際、電気伝導度の場合には存在しなかったために当初は予想をしていなかった長距離相関の問題が新たに見つかり、粘度計算のプログラムの見直しやMD条件の再設定も含め、問題発生の要因の特定に多大の時間を要した。プログラムの開発とLennnard-Jones系への適用では、研究室の既存の計算資源を用いれば十分で、計算資源の追加は不要であった。支出をあまり要しない部分に多くのエフォートを費やしたことになり、そのために未使用額が生じた。
|
次年度使用額の使用計画 |
これまでに、電気伝導度・粘度のような輸送係数の空間分割解析を行うためのプログラム、および、イオン液体系における原子部分電荷を自己無撞着的に決定するMD/DFT法のプログラムを開発してきた。28年度は、単純液体系における粘度の解析で予期せぬ問題が見つかったために遅れが生じたものの、29年度には(Na,K)FSA系を対象としてナトリウムイオン組成と温度を変えた解析を行う。空間分割解析では、大量のMDトラジェクトリデータが必要となる。トラジェクトリを保存するために、ハードディスクを消耗品として購入する予定である。既存のファイルサーバーにも連結し、以前のデータと一括して取り扱うことを可能にする。空間分割表式は、輸送係数や分光スペクトルに対する新たな見方を与えるものとして、理論家だけではなく多くの実験家に興味を持たれている。そこで、成果発表や研究打合せをより広範囲で行うために旅費を使用する。
|