研究課題/領域番号 |
15K13621
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
酒井 誠 東京工業大学, 資源化学研究所, 准教授 (60298172)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 赤外顕微分光 / タンパク質 / 発色団 / 超解像 / ローダミン6G |
研究実績の概要 |
本研究では、申請者らの開発した過渡蛍光検出赤外超解像顕微鏡法の高感度かつ高空間分解能の特性を利用して、蛍光タンパク質の発色団の赤外スペクトルを測定を目指す。具体的には、顕微鏡条件下において、試料セル表面のごく近傍の領域に赤外光を集光し、さらに可視光を入射することで蛍光タンパク質発色団から生じる過渡蛍光を検出する。このとき、1)過渡蛍光は発色団部位からのみ発生し、タンパク質の他の部位からは発生しない、2)赤外光を波長掃引する、ことにより赤外吸収スペクトル測定の実現を目指す。 平成27年度は、共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡の構築を行った。基本となるのは申請者らが開発した共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡であり、ピコ秒赤外光及び可視光は同軸・同方向からレーザー蛍光顕微鏡光学系に導入され、反射対物レンズを通して試料セルの表面近傍に集光される。発生した蛍光は同じ反射対物レンズで集められ、ピンホールを通して光電子増倍管あるいはICCD検出器で検出した。試料位置は3次元で走査され、蛍光強度を位置の関数として記録し、3次元断層像を得ることを可能とした。装置の空間分解能は、可視光の波長と反射対物レンズのNAで一意に決まり、可視光:600 nm、NA = 0.4の場合、900 nmである。 さらに、予備実験として水の赤外吸収条件下における蛍光性分子の過渡蛍光(赤外情報に相当)の検出を試みた。蛍光性分子にはローダミン6G色素を用いた。ローダミン6G色素は数多くの分光学的研究が既に報告されており、手始めの蛍光性試料としては好適である。なお、水の赤外吸収の吸光度からの試算ではセルの表面近傍からの領域からの信号は十分抽出可能であると考えられる。実際に、予備実験を行った結果、水溶液中においてもローダミン6G色素からの過渡蛍光を高感度で検出することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度は、予備実験として以下の4つの項目を達成目標とした。1)共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡の構築、2)過渡蛍光信号の観測、3)溶媒(水以外)の振動共鳴条件下における溶質分子の過渡蛍光(赤外情報に相当)の検出、4)水溶液中における溶質分子の赤外吸収情報の抽出 1)、2)については、対物レンズに中赤外波長領域の透過率を確保するために反射対物レンズを採用することで、過渡蛍光の信号観測に十分な光学系構築に成功した。もちろん、過渡蛍光信号の観測にも成功した。この装置の空間分解能は、過渡蛍光の波長と反射対物レンズのNAで一意に決まるが、本研究では、溶質分子にローダミン6Gを使用したので過渡蛍光波長:565 nm、反射対物レンズのNA = 0.4を使用した結果、およそ900 nmの空間分解能を達成した。また、深さ方向の空間分解能(焦点深度)は、およそ2マイクロメートルであった。 非常に高い空間分解能を達成できたため、3)の項目についても検証した。赤外吸収の比較的弱いクロロホルムおよびアセトニトリルといった非水素結合性溶媒を用いてその振動共鳴条件下におけるローダミン6G分子の過渡蛍光信号の検出を試みた。その結果、CH伸縮振動の共鳴条件下でも強い過渡蛍光の検出に成功した。さらに、ローダミン6G水溶液を用いて、4)の検証を行った。水のOH伸縮振動は極めて強い赤外吸収を示すため、過渡蛍光信号が観測できるのか危惧していたが、信号強度は弱いものの水溶液のOH伸縮振動共鳴条件下においても過渡蛍光の検出に成功した。以上により、平成27年度は当初の研究計画を全ての項目において達成できたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、フラビンタンパク質(発色団:フラビン)やロドプシン(発色団:レチナール)等の蛍光タンパク質に対して過渡蛍光の検出を試みる。過渡蛍光は発色団部位からのみ発生し、タンパク質の他の部位からは発生しないと考えられるため、発色団の赤外情報のみを抽出できるはずである。加えて、赤外光を波長掃引することにより発色団部位の赤外吸収スペクトル測定の実現を目指す。発色団の赤外スペクトルは既報の(紫外)共鳴ラマンスペクトルと比較することで装置の性能評価も併せて行う。 本研究手法は、振動準位を経由して蛍光を観測する過渡蛍光検出赤外分光法を利用しているため、赤外光と可視光の遅延時間を調節して行うピコ秒時間分解測定により、振動緩和過程が必ず同時に観測される利点を兼ね備えている。蛍光タンパク質の場合、発色団部位から他の部位への振動緩和に伴うエネルギー移動が観測されることが期待される。よって、本研究手法よる蛍光タンパク質発色団部位の赤外情報抽出が実現すれば、近年次々と新規開発されている蛍光タンパク質の発色団構造解析さらには光変換機構解明に極めて有効であることが期待される。これまでは、蛍光タンパク質の発色団構造解析には紫外共鳴ラマン分光(可視共鳴ラマンでは発色団からの強い蛍光のため測定が困難であるため)が唯一の方法であったが、紫外共鳴ラマンでは発色団部位の他、タンパク質に含まれる複数のアミノ酸のバンドが同時に観測されてしまう欠点があり、発色団のみのスペクトル測定は困難を極めた。本研究手法は発色団からのみ生じる強い可視蛍光を赤外吸収スペクトル測定に利用するため、発色団以外の部位の赤外情報は全く含まれない。赤外共鳴分光とも言うべき優れた手法であり、是非とも実現したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度は予備実験を中心に研究推進したが、装置のトラブルも全くなく概ね順調に推移した。加えて、蛍光強度の非常に強いローダミン6G色素を中心に測定を行った結果、光学系構築に用いる予定であった光学部品の新規購入を必要最小限に抑えて研究推進することができた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度は観察対象をフラビン系やロドプシン系にかえて研究推進する計画であり、新規試料の蛍光波長に最適化した光学系を構築するために予算の多くを新規光学部品購入に当てる予定である。また、私自身の所属が平成28年4月1日より岡山理科大学へ異動のため、研究推進を円滑に行うために東京工業大学(実験場所)と岡山理科大学間を頻繁に移動する予定である。よって、次年度使用額から必要な旅費を計上する計画である。
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