研究課題/領域番号 |
15K13629
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中井 浩巳 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (00243056)
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研究分担者 |
石川 敦之 早稲田大学, 理工学術院, 講師 (80613893)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 量子化学 / 気液平衡 / 電気化学 / 溶液 / 化学工学 / 生体分子 / 酸・塩基反応 / 熱・統計力学 |
研究実績の概要 |
本研究は、凝縮相の化合物に対する高精度量子化学計算手法である調和溶媒和モデル(harmonic solvation model: HSM)を多種多様な化学現象に応用することで、凝縮相に対する量子化学的アプローチの新しい一面を切り開くことを目的としている。このような目的に基づき、本年度ではHSM法を用いた以下の様な応用的課題を実施した。 ①量子化学計算による標準水素電極電位(standard hydrogen electrode: HSM)の算出:SHEは電気化学における最も基礎的な物性の1つであるが、その理論的算出はプロトンの溶媒和自由エネルギーを高精度に算出する必要があり、一般に容易ではない。本研究ではHSM法と結合クラスター法といった高精度量子化学計算手法を用い、これまで正しく算出することが難しかった溶媒和エントロピーを算出し、量子化学計算からSHEを正しく算出できる点を示すことができた。 ②気体の溶解度に対する量子化学計算:気体の溶解度は、分離・蒸留などの化学工学における重要なプロセスを理解・予測するうえで重要な物性の一つである。しかしながら、気体の溶解度の正確な実験的測定は一般に困難であり、高精度な理論計算を相補的に用いることが望ましいとされている。本研究では、HSM法を利用することにより、気体の溶解度を高精度に算出するとともに、これまでの量子化学計算では困難であった溶解度の温度依存性についても正しく計算できることを示した。 以上のように、本年度の結果から電気化学及び化学工学の基礎的な物性の算出において高精度な量子化学計算が大いに有効であることを示すことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究成果から、気体及び液体にわたる化合物の様々な物性を高精度な凝縮相量子化学計算から理解・予測できることが示された。このような視点から、様々な化学現象の基礎的側面をカバーする本年度の成果は大きな進展と言える。しかしながら、応用上より広範な興味の対象である高分子及びタンパク質などの巨大分子系への適用については本年度では達成することができなかった。ただし、これらの課題の達成に対して、本年度の結果から次のような2点を解決することが重要との問題提起を行うことができる。①凝縮相における化学現象を正確に予言するためにはkJ/molの精度が必要であり、分子間相互作用をこのような精度で予言するためには溶媒分子を直接的に取り扱うことが必須となる、②巨大分子へHSM法を適用するためには、計算精度が高くかつ計算コストの小さい解析的2次微分の応用が必要である、③最新の方法論との統合を図るうえで、広く用いられている一般的な量子化学計算パッケージへの実装が重要である。 次年度以降では、これらの課題解決に取り組み、より広範な化学現象を対象として研究を展開する。
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今後の研究の推進方策 |
本年度に得ることのできた成果と課題から、次年度は次のような課題に取り組むことが重要と考えている。 ①HSM法において必要となる、凝縮相における解析的2次微分の導入:HSM法においては溶質-溶媒相互作用において特殊な取り扱いを行うことから、独自の定式化に基づいた凝縮相における解析的エネルギー2次微分の算出法が必要となる。このような手法の確立は、現在行われている1次微分の数値的微分と比較して、計算コストの現象もさることながら計算精度の向上も期待できる。 ②一般的な量子化学計算パッケージへの実装:タンパク質や高分子などの巨大分子への適用においては、理論手法が優れているのみならずアルゴリズム・プログラムについても高度に最適化されたものを用いることが必須である。加えて、密度汎関数法における最新の交換・相関汎関数や分子動力学法との結合などを試みる場合、既存の優れた量子化学計算パッケージを利用することが望ましい。次年度においては、このような点を踏まえて広く用いられている量子化学計算パッケージにHSM法の実装を試みる。 ③酸解離定数(pKa)の計算:有機・無機化合物やアミノ酸などの生体現象に深く関わる化合物の溶液中の物性として、pKaは最も基礎的かつ重要な物理量である。次年度においては、多くの化合物に対してHSM法を用いることでpKaを正しく算出できる点を示す。
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次年度使用額が生じた理由 |
交付申請時に計上した旅費を使用しなかったため、次年度使用額が生じた。これは、研究代表者および研究分担者ともに所属機関の研究予算により旅費を充当することができたためである。
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次年度使用額の使用計画 |
本研究成果に対する海外からの反響は大きく、当初は想定していなかったいくつかの国際会議での講演の招待が来ている。そこで、本年度から繰り越された予算を利用して、これらの 国際会議参加のための旅費として使用する。
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