研究課題/領域番号 |
15K13630
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
冨宅 喜代一 分子科学研究所, 機器センター, 特別協力研究員 (00111766)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 質量分析 / 気相イオン / 核磁気共鳴 / 極低温冷却 |
研究実績の概要 |
本研究では、新しい測定原理に基づく気相分子イオンに適用可能な磁気共鳴検出装置を新たに開発し、分子やクラスターイオンのプロトンNMR分光の基礎的研究を初めて行う。気相イオンの非常に弱いNMR信号を検出するために、NMRセル内に捕捉した試料イオン束の並進温度を極低温に冷却して傾斜磁場内を往復させ、RF磁場をセル両端で印加してスピン分極させる。この分極を種々のRF周波数で飛行時間差として測定し、NMRスペクトルを得る。NMR検出システムを改良し、スピン分極の検証と定量化を進め、NMR分光法を確立する。 ここでは極低温のイオンを発生するイオン源として、超音速分子線を用いた並進温度の冷却と、レーザー光イオン化法を組み合わせた方法を採用している。平成27年度は生成したイオンを減速しNMRセルに導入するために、新規に進行波型の多段減速器を組み込んだイオン源を設計、製作した。標準イオンを用いてこのイオン源の特性を調べ、非常に明るいイオン源となることを検証した。またNMRセルに導入したイオン束を極低温に冷却するために、以前に開発した速度選別法に加え、新たに速度分散補償を考慮した圧縮器を発案し、シミュレーション計算により特性を精査した。このデータを基に圧縮器を設計、製作した。この結果、標準イオンを1 mK以下に冷却できることが明らかになり、本方法を用いた気相イオンの磁気共鳴実験の要件を満たす極低温冷却法となることを実証した。今後は、この極低温イオン束発生法を完成するとともに、本測定原理の検証と気相イオンのNMRスペクトルの研究を進めていく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本方法では強い磁場勾配中に設置したNMRセルにイオン束を導入し、磁場と核スピンによる磁気モーメントの相互作用で発生する力を利用して、核スピン状態の異なるイオンを空間的に分離する。この変化をイオンの飛行時間測定により検出することにより磁気共鳴の情報を得る。このためイオン束の初速度と速度分布幅が狭ければ狭いほど(イオンの並進温度が極低温)核スピン分極の測定が容易になる。従ってイオンの新しい極低温冷却法の開発が研究進展の基盤となる。平成27年度はこの冷却法の実現のため新しい進行波型の多段減速器を発案、製作して組み込むことにより、従来に比べ明るいイオン源の製作を達成した。また磁気共鳴実験の要件を満たす試料イオンを発生するために、NMRセル内でさらに冷却する必要がある。従来はセル内で速度選別によりイオンの冷却操作を行う方式を採用してきたが、数十mKまでの冷却に留まっていた。この問題を打破するためにNMRセルに組み込み可能な速度分散補償型の減速法を想起し、新規に減速器を設計、製作することにより、目標のmK以下の極低温のイオンの発生が可能になった。この結果イオンの極低温冷却法の開発に目途がつき、磁気共鳴の実験に入る道筋が開けた。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度に開発したイオン源を、本測定原理(磁気共鳴加速)の検証実験に必要な閉殻イオン(H3+、NH4+イオン等)に利用出来るよう改良し、NMRセルを組み合わせた極低温のイオン束発生法を確立する。核スピン分極を誘起するためNMRセル に組み込んだ共鳴磁場発生用のRFコイルの整備を行う。特にコイルにRF電流を印加する際に発生する電場が、試料の低速イオンに与える影響を詳細に検討し、必要に応じて電場遮蔽の対策を講じる。また核スピン分極の誘起に最適なRF磁場のパルス幅や印加タイミングをイオン束のNMRセル内の速度に応じて、詳細に調整する。これらの準備のもとに、上記のイオンの核スピン分極を観測し、その周波数依存性の測定から分光分解能等の分光情報を得る。またt-Butyl+イオンについても同様の核スピン分極を測定し、NMRスペクトルを得る。このイオンの結果を基に、気相イオンのNMR分光にも化学シフト法が導入できるかどうかを調べ、スペクトル測定の精度向上を計る。 上記の実験をNH3+やC6H6+イオン等の開殻イオンに拡張し、本NMR法に与える電子スピンの影響を調べ、応用範囲の拡張の可能性を探る。またスペクトル分解能の向上を計るため、試料イオンの減速方法とRFコイルの改良を進める。他方、クラスターイオン等にスペクトル測定の対象を広げ、構造決定法としての有効性を探索し、気相イオンのNMR分光法の基礎を築く。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度は極低温イオンの発生法の開発を中心に研究を進めたが、NMRセル中に組み込む減速器として比較的に製作費の安価な新規の速度分散補償器を発案でき、極低温冷却が達成できた。また次年度に予定する磁気共鳴用のRFコイルの改良に初期研究計画より優れた新たな方法を見出すことができたので、この方法によるコイルの開発に研究経費を一部、繰り越すことを決定した。
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次年度使用額の使用計画 |
今後の研究推進の方策で記したように、RFコイルは磁気共鳴の検出の要となる要素部品である。このコイル内を通過するイオンの磁気共鳴を検出するために共鳴磁場で励起する必要があり、磁場発生のためにコイルにRF電流を印加する。この際発生する電場が低速のイオンの運動に影響を与えないように、コイルに電場遮蔽フィルムを取り付ける。繰り越した研究経費は新たなRFコイルとこの遮蔽用フィルムの製作費に充当する。
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