本研究では新たに提案した「磁気共鳴加速法」に基づく気相イオンのNMR分光法の開拓を目し、この方法の基盤となるイオンの極低温冷却法と核磁気共鳴検出用の磁場励起システムを研究した。本方法では傾斜磁場内に設置したイオントラップ(NMRセル)内に低速で速度分布幅の狭いイオンを捕捉し、イオンの往復運動と同期してセル両端に設置したコイルでRF磁場励起により核スピンを反転させて速度変調を起こすことにより、核スピン分極を誘起する。この分極の観測により磁気共鳴を検出する。核磁気共鳴の検出感度は、試料イオンが低速でかつ速度分布が狭ければ狭い(温度が低い)ほどが高くなる。低速イオンの発生法として、イオン源内で超音速分子線の光イオン化でイオンを予備冷却し減速する進行波型多段減速法を開発した。また減速したイオンをNMRセル内に導入して速度分布を狭くし極低温冷却するため、速度選別法と速度分散補償法を開発し導入した。この速度選別法として従来はメッシュ電極を用いてきたがイオンの透過率が下がるため、これに替わる円筒電極を用いた速度選別器を最終年度に開発した。上記のコイルで核スピンを180°反転させるため、精密なイオン速度の設定が重要となる。この目的で進行波型多段減速器を新たに設計し製作してNMRセルに組み込むことによりイオン束の速度の精密制御を可能にした。捕捉イオンの磁気共鳴の情報を引き出すために上記の磁場励起を行うことが必須となるが、ここでは超高真空中で動作可能なサドルコイルを製作してNMRセルに組み込み、水試料のNMRスペクトル信号を用いて磁場の校正を行った。またこのコイルをイオンの往復運動に同期して動作させるため、新たに任意波形発生器を用いた回路を製作し校正してRF磁場励起システムを構築した。これらの装置を用いトリメチルアミンイオン等を標準イオンとして本NMR法の原理検証実験を進めている。
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