ウイルスは細胞に感染しない限り自己複製できないため、生命体とは定義されないナノスケールの有機化合物構造体である。その構造はDNA(またはRNA)とそれを覆う殻であるキャプシドおよびエンベロープからなり、比較的単純である。近年、球状ウイルスから核酸を除いたウイルスの殻(キャプシド)はナノスケールの反応容器や、遺伝子治療のための核酸キャリアーとして注目を集めている。一方で、キャプシドの調製は天然ウイルスの分解か、遺伝子組み換えした大腸菌を用いたリコンビナントに依存している。リコンビナント法は目的とするある1つのペプチドを大量合成するには適しているが、多様なキャプシドを合成するためには、大腸菌にそれぞれ新しい遺伝子配列を導入する必要がある。化学合成法(固相合成法)はアミノ酸を一つ一つ伸張するため、多様なキャプシドを並列して合成できる点やペプチドの一部を修飾・構造改変できる点でリコンビナント法より優れているが、煩雑であるため、現在ほとんど利用されていない。本研究ではウィルスの代表的構造である正二十面体構造を有するRNAファージMS2のキャプシドを標的分子として、化学合成による構造改変体の構築を試みた。RNAファージMS2は大腸菌に感染するウィルスで、最も原始的なものに分類される。その構造はウィルスの中でも単純で、外殻のキャプシドは180分子のタンパク質からなる正二十面体構造をとる。 二年目は前年度の結果を踏まえ、129残基のアミノ酸からなるタンパク質のフラグメント連結について検討した。また、各フラグメントの大量合成および効率的な合成法についても検討した。また、銅触媒を用いたアミノ酸フラグメントの連結について検討し、アミドとビニルハライドの分子内環化を見いだした。本条件はフラグメント連結には適用できなかったが、抗結核作用を示す化合物の合成に発展できた。
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