研究課題/領域番号 |
15K13832
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
安達 泰治 京都大学, 再生医科学研究所, 教授 (40243323)
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研究分担者 |
井上 康博 京都大学, 再生医科学研究所, 准教授 (80442929)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 張力感受センサー分子 / ナノフィッシング / 原子間力顕微鏡 / 分子動力学解析 / ナノバイオメカニクス |
研究実績の概要 |
細胞間接着における張力センサー分子として知られるαカテニンを対象として、原子間力顕微鏡(AFM)を用いたナノフィッシング(引張)実験、および、分子動力学(MD)法を用いたナノ構造ダイナミクス解析を行い、αカテニン分子のpNオーダの張力に対する力学的挙動を明らかにすることを目的とした。 まず、AFMナノフィッシング実験手法の基礎検討として、AFM探針とガラス基板表面の化学修飾法、および、αカテニン分子の結合タグについて検討した。また、ナノフィッシングにより得られるフォースカーブの特徴量を抽出する解析手法を新たに検討した。これらに基づいて、野生型αカテニン分子、および、張力感受部位に変異を与えた変異型αカテニン分子に対してAFMナノフィッシング実験を行い、力学的挙動を解析した。これらの結果、張力作用下において、αカテニン分子が力学活性化状態を維持する中間状態を示すことを示唆する新たな情報が得られた。この状態は、細胞・組織レベルの適応的な構造-機能ダイナミクスを理解する上で鍵となることが推察されることから、さらに、定量的な実験と解析を継続することとした。 次に、MD法を用いて、αカテニン分子の張力作用に対する張力センシング部位(EFGドメイン)の構造ダイナミクスを解析した。まず、αカテニンEFGドメイン野生型、および、その変異型の分子構造モデルを作成し、MD解析のための初期構造を得るための平衡化シミュレーションを行った。次に、両構造の平衡構造におけるドメイン間相互作用エネルギーの比較を行い、平衡構造の平均二乗変位の値が、野生型に比べて変異型において大きくなることを確認した。また、αカテニンEFGドメイン全体の立体構造に大きく影響を与える結合部位を特定することができた。得られたこれらの基礎情報に基づいて、さらに、張力作用に伴うαカテニン分子の力学的挙動をMD解析することとした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
αカテニン分子のAFMナノフィッシング実験では、試料作成から実験条件の検討、フォースカーブの解析まで、予定していた実験手法を順調に構築することができた。また、野生型と変異型αカテニンに対する数多くの実験を行うことにより、得られた実験結果の統計的な解析を通して、それぞれの特徴的な力学的ふるまいや両者の差異を明らかにすることができた。さらに、実験前では予想していなかったαカテニン分子の興味深い力学的ふるまいを見出すことができたことから、今後、細胞・組織レベルのダイナミクスにおける生物学的な意義付けを行うための詳細な実験展開を検討することとした。 αカテニン分子のMD法を用いた構造ダイナミクス解析についても、当初計画していた通り、張力感受ドメインの野生型および変異型構造の平衡状態を得ることができた。これにより、両構造のエネルギー状態の差異を明らかにすることができただけでなく、ドメイン間の静電相互作用エネルギー解析から、構造安定性に影響を与える結合部位を特定することができた。このように、基礎的な情報を順調に得ることができたことから、次年度の当初計画のMD解析も問題なく開始することができる。 これらのように、当初研究計画については、おおむね順調に進展しており、特に、AFMナノフィッシング実験では、実験前には予想していなかったαカテニン分子の興味深い挙動を新たに見出すことができた。
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今後の研究の推進方策 |
αカテニン分子のAFMナノフィッシング実験では、新たに見出された興味深い分子のふるまいに着目し、数多くのフォースカーブから特徴量を詳細に抽出し、ミミズ鎖モデル等の物理モデルとの比較を行いながら、その生物学的な意義を探る。さらに、張力作用にともなって張力感受部位の自己阻害構造が開放されることにより生じると予想されるビンキュリン結合挙動を直接的に観察する実験の構築を進める。 αカテニン分子のMD法を用いた構造ダイナミクス解析では、得られた平衡状態における分子構造を用いて、等速引張シミュレーションを行う。これらの解析から、野生型、および、変異型αカテニン分子の張力作用下における分子構造ダイナミクスの差異を見出すと共に、張力緩和などの現象の解析により、細胞接着部位において観察される力のフィードバック機構の分子レベルにおける仕組みを推測する。 さらに、以上のAFMナノフィッシング実験、および、MD法を用いたナノ構造ダイナミクス解析から得られた知見を統合し、αカテニン分子の張力感受・応答機構を分子レベルで明らかにする。また、他の力感受性分子の研究への応用可能性を探ることにより、本研究で蓄積された実験・解析手法を活用したナノバイオメカニクス研究分野の開拓を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
αカテニン分子のAFMナノフィッシング実験において、当初予想していなかった興味深い現象を新たに見出すことができた。そのため、詳細な特徴量抽出のためのデータ解析手法の開発およびその解析に時間を費やした。既に十分なデータが揃っていたことから、実験を一旦停止し、この解析結果を待ってその後の追加実験計画や次年度の新しい実験系の構築を検討する必要が生じた。このため、実験のための使用額が減少したが、次年度の実験系構築に有効に利用できることが確認できたことから、予算の繰越の手続きを行った。
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次年度使用額の使用計画 |
AFMを用いたαカテニン分子のAFMナノフィッシング実験に関する消耗品費、および、αカテニン分子の張力作用下におけるビンキュリン結合観察を行うための実験系の構築に使用する。
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