人間の嗅覚感度を擬似的に増強することを目指し、本研究では、空気中に漂う希薄な匂いを捕集して濃縮し、素早く使用者に提示する装置の開発を行った。吸着剤をフローセルの中に納め、ポンプやバルブと接続する。匂いを濃縮する際にはポンプを稼動し、吸着剤を通して空気を吸引することにより、その中に含まれる匂い分子を吸着剤に捕集する。十分な量の匂い分子が捕集されたら吸着剤をヒータで加熱し、捕集した匂い分子を脱着する。その後、バルブを切り替えて吸着剤とポンプの接続を変え、吸着剤から脱着した匂い分子を空気流で押し出して使用者に提示する。 吸着剤に捕集した匂いを素早く脱着して提示するためには、吸着剤の量を少なくして熱容量を小さくし、ヒータで瞬時に加熱することが必要となる。そこで、三次元微細ナノ構造を持ち吸着能が高いシリカモノリスを吸着剤として採用した。ガラスチューブの中に0.02 gの円筒形シリカモノリス吸着剤を入れ、ブタノールガスを捕集して濃度を高める実験を行った結果、少量のシリカモノリスでもブタノールガスを濃縮できることが確認された。 次に、吸着剤を瞬時に加熱するためのヒータを製作した。ガラスエポキシ基板上に膜厚0.035 mmの銅箔でヒータを形成し、その上に直径10 mm、厚さ1 mmのディスク状のシリカモノリスを接着して直接加熱する構造とした。ヒータに電圧を印加すると、シリカモノリスの表面温度が立ち上がり始めてから4秒程度で、匂い脱着に必要な摂氏150度までシリカモノリスを加熱できることが確認された。開発したヒータとディスク型シリカモノリスをフローセルに納め、ブタノールガスの濃縮実験を行った結果、5倍の濃縮率が得られた。匂い強度が確かに増したと感じられる濃度の匂いを短時間で提示することができ、加齢などによる嗅覚の衰えを補う装置の実現に向けて有望な結果が得られた。
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