本研究は,第一原理計算に基づくイオン伝導挙動解析よりピロリン酸塩中における水酸化物イオン伝導の微視的描像を明らかにし,Grotthuss機構やVehicle機構とは異なる新たな高速伝導発現メカニズムの解明を目的としている.具体的には,SnP2O7結晶中における水酸化物イオンの安定構造の同定および伝導機構の解明という2項目の調査を実施予定であった.ただ,平成27年度において当初計画の内容をほぼ達成したため,平成28年度は,SnP2O7中で同じく高速伝導が報告されているプロトンについて同様の検討を行った. まず,プロトンの安定・準安定サイトについて,本系には計15種類のプロトンサイトが存在し,これらは全て酸素イオン周囲に位置していることが明らかとなった.見出されたプロトンサイトのうち,点共有酸素イオン周囲に存在するサイトはただ1つであり,そのサイトエネルギーは15サイトの中で最大であった.本系で見られたプロトンの酸素イオン選択性は他のリン酸塩でも確認されており,OH結合を形成する酸素イオンの種類によって安定性が異なることが明らかとなった. 次に,プロトンサイト間を繋ぐ伝導経路のエネルギープロファイル評価および拡散シミュレーションを行った.その結果,本系のプロトン伝導には多少の異方性があり,移動エネルギーは0.57-0.64 eVであった.次に,ドーパントによるプロトントラッピング効果を考慮するため会合エネルギーを算出した結果0.6 eV程度であった.そのため,計算で見積もられた伝導度に対する見かけの活性化エネルギーは1.1-1.2 eVと大きな値となる.これは,SnP2O7中におけるプロトンの粒内伝導は遅く,過去に報告された高速伝導の起源がその他の伝導機構(粒界伝導など)にあることを示唆している.この知見は,平成27年度に明らかにした水酸化物イオン伝導に関するものと同じである.
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