研究課題/領域番号 |
15K14135
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
前川 雅樹 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高崎量子応用研究所 先端機能材料研究部, 主幹研究員(定常) (10354945)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 陽電子消滅 / 空孔誘起磁性 / 酸化亜鉛 / スピン偏極陽電子 / イオンビーム照射 / SQUID / d0強磁性 / カチオン原子空孔 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、SP-PAS法を用いて、ZnOなどd0強磁性が期待される半導体において、強磁性の元となる電子スピン偏極が空孔に局在するかを調べ、磁性との関連を明らかにすることである。当初はZnO/NiO混合酸化物の焼結体での空孔評価を計画したが、生成時にすでに多種の空孔を含んでいる粉末ZnOでは空孔導入を精緻に制御することは困難であることが昨年度に判明したため、研究の端緒として、純良な単結晶に単純な空孔を導入し、空孔が磁性発現の原因たりうるかの評価に着手した。 試料には水熱合成ZnO単結晶を用い、自己イオンである酸素イオンを100keVで照射し、表面より200nmまでの深さに高濃度な欠陥層を形成した。この試料に対しSQIUD測定を行ったところ、照射量の増大に伴う磁化の増大が検出された。同じ試料を用い、SP-PAS法により消滅ガンマ線強度の測定磁場反転非対称性(磁気ドップラー(MDB)スペクトル強度)を測定したところ、照射量の増大に伴うMDBスペクトル強度の増大が見られた。陽電子はZnO中の亜鉛空孔を主に検出するため、これは亜鉛空孔での電子スピン偏極を示唆している。第一原理計算でも、亜鉛空孔のMDBスペクトルが実験結果をよく再現した。さらに照射後の熱焼鈍では、亜鉛空孔が消失する400度を境に磁化・MDBスペクトル強度ともに減弱した。 以上、SP-PAS測定とSQUID測定の結果から、亜鉛空孔に誘起された電子スピン偏極により強磁性化が起こると結論付けた。これは、原子空孔と電子スピンを同時に検出できるSP-PAS法を用いて初めて実験的に直接検出されたことであり、多くの理論計算の元となっているカチオン原子空孔説(カチオン原子空孔にスピンが存在することで磁性が誘起される)を裏付けるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度までに、単結晶ZnO結晶と、制御性の良いイオン照射を用いて、ZnO中に空孔型欠陥を導入し、磁化測定(SQUID測定)と、空孔型欠陥の検出、およびそこでの電子スピン偏極の測定(SP-PAS測定)を行った。その結果、亜鉛空孔において磁性の元となる電子スピン偏極が誘起されていることを突き止めた。このように、単結晶ZnOへの自己イオン照射による空孔生成では、明確なシグナルを得ることができ、イオン照射による空孔導入方法が極めて有効であることが分かった。混合酸化物焼結による空孔導入法に比べ、導入欠陥の量や導入時の温度などの制御性が良く、より高精度な評価が可能であるためである。これにより、本研究の大きな目的である、原子空孔に誘起されるスピンを検出できたことで概ね予定通りに進捗していると考えている。さらに、イオン照射の制御性を活かしてNi原子などの磁性元素の照射を行えば、空孔と磁性不純物の両方を同時に精度よく導入することができる。これにより、混合酸化物の焼結による空孔導入法よりも、より明快に空孔と磁性元素その関連を明らかにすることができると考えられる。イオン照射法で得られた知見をもとに、当初計画していた混合酸化物焼結体の評価につなげていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
良なZnO単結晶と、良く制御された自己イオン照射によって作成した試料を用いて、亜鉛空孔が磁性を誘起していることが分かった。しかしながらそのシグナルは微弱で、実験データの精度を上げていく必要がある。特に、SP-PAS法で空孔にあるスピンが磁性に関与していることを検出できてはいるものの、検出される磁気モーメントの大きさは理論予測値の1/4~1/10と小さく、この乖離の原因は不明である。磁気モーメントが小さくなる原因としては、まずは空孔の荷電状態が挙げられる。これは、n型に傾倒しがちなZnOでは空孔に伝導電子が捕獲されることで、偏極電子スピンを打ち消してしまう可能性があるためである。これはp型のZnOを使うことで解消できると考えられるが、実際にはp型ZnOの生成はほぼ不可能である。そこで、伝導型制御ができ、なおかつ空孔誘起磁性が期待できる物質、例えば窒化ガリウムなど、を用いて、イオン照射による空孔誘起磁性の検出を試み、基板伝導型が磁性に与える影響を明らかにしていきたい。また、試料全体が磁性を発現するためには、個々の欠陥点が磁化しているだけではなく、電子スピンがホッピング伝導により長距離秩序を持つことが必要であると考えられるため、欠陥濃度は重要な意味を持つと考えられる。この長距離秩序状態も磁気モーメントの大きさにかかわると考えられるため、誘起磁性と空孔の照射量依存性を測定することで、磁性を発現するに最適な欠陥の濃度を推定する。さらに、測定温度依存性を測定することできれば、イオン照射空孔が誘起する磁性のキュリー温度を求めることができ、空孔誘起磁性のメカニズム解明に重要なデータを与えるものと期待できる。 また、イオン照射の制御性を活かし、Ni原子やCo原子やなどの磁性原子を照射することで空孔と磁性元素を同時に導入し、両者の関係を明らかにしていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定であったいくつかの物品において、市場調査を行ったところ、より安い調達先が見つかったため、その契約差額が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
測定に用いる結晶基板の購入や、試料作製のための消耗品の購入として使用する予定である。また物理学会を初めとする陽電子や磁性の関連学会に参加し、成果発表に努める。
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