ヒトiPS細胞から神経細胞へ分化させる手法を用いて、発生期の細胞分化、脳発達における遺伝子発現調節の機構を明らかにすることを目指している。その端緒として、Polβ欠損ヒトiPS細胞株を樹立し、これを培養系で神経細胞へと分化誘導を行って神経発生過程を再現し、ゲノム不安定性の解析を行うことにした。Polβ欠損ヒトiPS細胞株の樹立に際しては、従来の方法よりも高効率に遺伝子改変細胞が得られることを期待して、ジーンターゲティング法にCRISPR/Cas9システムを組み合わせた。gRNAのターゲット部位はPolβの遺伝子座のエキソン4付近に設計し、それぞれヒトiPS細胞に遺伝子導入し、薬剤選択の後にホモ変異体を得ることができた。得られたクローンでPolβの機能が失われていることを確かめるために、塩基損傷を引き起こすmethyl methane sulfonate (MMS) を培地に加えて培養を行い、細胞死に対する感受性を調べたところ、野生型と比較して感受性が有意に高くなっていた。以上より、Polβ欠損ヒトiPS細胞株を樹立できたと考えられる。次に、Polβ欠損ヒトiPS細胞を神経幹細胞へと分化誘導した。誘導培地による培養を始めてから8日目の細胞に対して免疫染色を行った結果、神経幹細胞のマーカーであるNestin陽性細胞が存在し、分化誘導が成功していることを確認した。このNestin陽性細胞に対して上述のMMSによるアッセイを行うと、Polβ欠損細胞では細胞死に対する感受性が有意に高かった。この結果から、ヒトの神経幹細胞においても、塩基除去修復を通してPolβがゲノムの安定性に貢献していることが示唆される。さらに、このPolβ欠損神経幹細胞から神経細胞誘導培地を用いて神経細胞への分化にも成功した。
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