脳脊髄の疾患に羅漢すると、病巣が形成された部位に応じて、様々な症状があらわれる。症状はわずかではあるが、自然に改善する。症状の改善には傷害後に細胞死を免れた神経系細胞が、傷ついた神経組織、例えば神経回路を修復することで促される。ただ、加齢とともに、症状は自然回復しにくくなり、神経回路の修復も起こりにくくなる。一方、幼若期では、旺盛な神経回路の修復が見られ、また動物実験レベルではあるが、症状の回復も非常に顕著と知られる。神経回路の修復には、末梢に備わるホルモンの一部が関わっている。また、ホルモンの産生や全身の血液の組成は、加齢とともに変化する。。これらのことから、老齢個体の中に含まれ幼若期にはその量が少ないホルモンが、神経回路の修復を抑制するため、加齢にともない神経回路の修復力が低下すると考えた。 本仮説を検証するため、幼若マウス由来の血液と老齢マウス由来の血液を採取し、神経回路の修復に関する作用を検証した。その結果、老齢マウスの血液は、髄鞘を形成するオリゴデンドロサイト前駆細胞の遊走を阻害する作用をもつことがわかった。またその分子メカニズムについて検討し、老齢血液に含まれるオリゴデンドロサイト前駆細胞遊走阻害因子を同定し、同定因子の受容体がオリゴデンドロサイト前駆細胞に発現することも突き止めた。同定因子の受容体の発現は、中枢神経系に限らず、末梢臓器に認められた。そのため、老齢マウスの脊髄に傷害を加え、患部に局所的に同定因子の受容体阻害剤を投与し、オリゴデンドロサイトの集積や髄鞘修復を検討した。その結果、同定因子の受容体の働きを抑制すると、老齢マウスでの髄鞘修復が促進した。これらの結果から、同定した受容体は、老齢における髄鞘障害に対する治療標的分子となりうる可能性が示された。
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