研究課題/領域番号 |
15K14378
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
傳田 公紀 東京工業大学, 生命理工学院, 助教 (50212064)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | プロテインキナーゼ / 胎盤 / 乳腺 / がん / 周産期 / 遺伝子欠損マウス / 細胞増殖制御 |
研究実績の概要 |
ホルモン感受性の乳がんは,現在の乳がん症例全体の七割を占め,さらなる新薬開発が急務とされる。我々が単離同定したプロテインキナーゼNrk(Nik-related kinase)の遺伝子ノックアウトマウスでは,妊娠出産を経験したメス個体に乳腺腫瘍が好発する。Nrk遺伝子が欠損した経産メス個体の乳腺では,エストロゲン感受性と考えられる致死的な腫瘍が発症する一方で,妊娠したことがないメスでは腫瘍は生じない。以上の観察事例は,Nrkが細胞増殖抑制因子であり,その遺伝子欠損によりがん抑制遺伝子産物としての機能が損なわれ,乳腺上皮組織の細胞増殖制御の破綻が引き金となって発症する可能性を提起する。本研究では,Nrk遺伝子欠損による乳腺腫瘍の発症メカニズムを解き明かすとともに,健康な状態でNrkがどのような生理的役割を果たしているかの詳細を解析することを目標とする。健常マウスでは,半定量的PCR解析によって卵巣でNrkの発現上昇が認められること,乳腺腫瘍を発症したNrk欠損マウスの血中エストロゲン濃度が著しく上昇することに加え,野生型個体で非妊娠時にほとんど認められないNrkの遺伝子発現が乳腺で妊娠時に誘導されること,Nrkを欠損するとエストロゲン受容体発現が亢進し,ホルモンの組織感受性の上昇に繋がることが原因で健康に異常をきたす可能性が高いことがわかった。マウスメス成獣における主要なエストロゲン産生組織が卵巣であることを考慮すれば,Nrkが卵巣におけるエストロゲン生合成を制御し,乳腺腫瘍の主因となる乳腺上皮細胞の過増殖を抑止するものと考えられる(Yanagawa, Denda et al.)。以上の今年度の研究の進捗によって,当初の方針に若干の修正を加えながらも,乳腺上皮における未知の細胞増殖制御機構を知る上で重要な情報を獲得することができ,今後の新たな治療法開発に繋がることを期待したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
妊娠出産をくり返したNrk遺伝子欠損マウスのメス個体においては,エストロゲン感受性の致死性の乳腺腫瘍を好発する。したがって,Nrkが細胞増殖を制御するがん抑制遺伝子であり,その機能が損なわれると乳腺上皮組織の秩序に不具合を生じ,細胞増殖亢進による悪性腫瘍発症のリスクが高くなるものと考えられる。乳腺腫瘍の発症メカニズムの作用点をつきとめるとともに,健康な哺乳動物個体で通常Nrkがどのような生理的役割を果たしているかを明らかにすることを目的として,乳腺腫瘍を生じたNrk欠損マウスの卵巣およびエストロゲン感受性組織を対象とした生理学的研究を行った。その結果,健常マウスでNrkの発現上昇が認められ,乳腺腫瘍を形成したNrk欠損マウスの血中エストロゲン濃度が著しく上昇するという知見に加え,乳腺においては野生型個体で通常ほとんどみられないNrkの遺伝子発現がメス妊娠個体の乳腺に発現誘導されること,Nrkを欠損するとエストロゲン受容体の発現量が亢進し,ホルモン感受性組織における不適切で持続的な助長作用が続くことを原因として生体内に異常をきたす可能性が高いことがわかった。以上の実験データは,マウスメス成獣における主要なエストロゲン産生組織が卵巣であることを考え併せると,Nrkが周産期の卵巣におけるエストロゲン生合成の変動を制御するために乳腺上皮細胞の過増殖が抑えられる効果によって,乳腺腫瘍の発症が起こりにくくなる可能性が考えれられる。以上のことから,今年度の研究の進捗によって,当初の実験計画に対して若干の軌道修正を要しながらも,未知の乳腺上皮組織における細胞増殖制御メカニズムを知る上で重要な知見を取得することができた。従って本研究課題は現在までにほぼ当初の実験計画に見合うに値する前進があったものと判断している。本研究成果は,米病理学会誌および朝日新聞(平成28年10月12日)に掲載された。
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今後の研究の推進方策 |
上記の実験結果に基づき,今後も引き続きNrkがエストロゲン感受性の細胞増殖シグナルをトリガーとする乳腺上皮組織の細胞増殖亢進を調節することによって乳腺腫瘍発症を抑止するという作用メカニズムについて検討を加える。Nrkを過剰発現あるいはノックダウンさせることによりエストロゲン受容体とその関連因子遺伝子の発現動態を細胞レベル(状況により個体レベル)で解析する。発がんの原因遺伝子としてNrk下流のシグナル伝達経路に存在する調節因子を特定するため,すでにツーハイブリドスクリーニングで得られているNrk結合因子ならびにプロテオーム解析でNrk遺伝子欠損により発現変動が認められるタンパク因子の機能解析をさらに進める。また,リン酸化プロテオーム解析を導入し,Nrkのリン酸化基質を同定し,そのリン酸化シグナルを追跡することでin vivoでのNrkが寄与するシグナル伝達の生理的意義を解析する。さらに,卵巣においてNrkが与るシグナル伝達下流で発現制御される遺伝子群の網羅的解析を行う。Nrk欠損個体の卵巣では,Nrkの標的遺伝子の発現が低下していると予測される。次世代シーケンシング技術によるトランスクリプトーム解析によってNrk欠損卵巣を正常な卵巣と比較し,発現変動した遺伝子を同定する。この研究の発展型として,乳腺腫瘍を生じたNrk欠損個体の卵巣におけるプロテオーム解析の実施も視野に入れたい。 Nrk遺伝子の欠損によってメス妊娠マウスが分娩不全を起こすという別の表現型を考慮すると周産期全般にわたってNrkが及ぼす役割は重要である。エストロゲンが司るほかの生理現象にもNrkが関わっている可能性があり,Nrkが関与するシグナル伝達を明らかにし,その臨床応用への貢献を期待するならば,エストロゲンが絡むNrkの作用点を見出すことを最も重要な課題のひとつとして,研究を進めていく上で念頭に置いておきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度までの実験計画に基づきNrk遺伝子欠損マウスの表現型を検討してきた結果,その生理的役割の解析が進展する一方で,Nrkシグナル下流の細胞増殖制御因子となりうる有力候補を一覧できる状況になりつつある。しかしながら次のステップとしてどの結合因子がNrkと機能的に繋がるのか特定し,確証できるまでに至っておらず,他の分子間相互作用解析を並行させ,個々の候補因子の機能解析を続行することによって,論文投稿を次年度までに行えるよう勉めたいため,予定変更を希望する。
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次年度使用額の使用計画 |
未使用分については,研究計画実施によってさらに必要となる薬品類・機材等の一部の消耗品,研究成果の学会発表ならびに論文掲載に充てることをお願いしたい。
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