生体リズムの異常により発癌頻度が上がるとする疫学的データは多い.近年の研究で、時計遺伝子は全身の細胞で時を刻んでおり、生物時計が細胞代謝や細胞分裂など基本的な細胞機能と密接にリンクしていることが明らかとなった。我々は、高率に乳癌を発現する時計遺伝子改変マウスBreast Cancer Clock Gene Genetically Engineered Mouse 1 (BCCM1)を開発した。今回、このマウスの遺伝子解析により、生体リズム異常による発癌・癌進展の分子機構を検討した。BCCM1の癌腫は雄性では発症せず、雌性のみに発症した。経過観察での発現経過では、妊娠をエピソードに癌腫が明らかになるものが多いが、離乳後雌雄別に飼育し、全く妊娠が無いものも、16ヶ月後には大部分が癌腫を発生した。発癌には妊娠のエピソードが多い個体が発症する頻度が高い傾向が認められた。さらに、乳癌原発巣の腫瘍の大きさは種々あるが、大きなものには高率で肺転移が認められることが分った。さらに、分子機構特定のためのトランスクリプトーム解析を行なった。BCCM1乳腺(前癌状態)、BCCM1乳癌、BCCM1転移癌の各群で、同じ方向に変動する遺伝子は少ないが存在した。そのうち、PPAR-gammaとエストロゲンreceptor、 progesterone receptorは著明に発現抑制されていた。PPAR-gammaの異常は抗炎症作用の減弱を生じる可能性を示唆する。すなわちBCCM1乳腺では明らかな炎症現象が起きている。それも非特異的免疫反応ではなく、T細胞、B細胞がからむ特異的免疫反応がおきている。従って、このマウスは前癌状態であること、すなわち、癌細胞の出現と免疫による消去のせめぎあいが長期にわたって継続しており、この状態はおそらく遺伝子変異またはepigeneticな変化を誘導する可能性を示唆する。
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