昆虫は飛翔時に極めて高い代謝率を示すことが知られており、飛翔時のエネルギー消費量は運動選手の最大エネルギー消費量の30倍にも達する。このような多量のエネルギーを産生するためには、極めてエネルギー効率の高い代謝経路を備えている必要がある。カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ(CPT1)は、細胞質中のアシルCoAをアシルカルニチンへと変換することにより長鎖脂肪酸のミトコンドリア内への輸送を行う酵素である。申請者はCPT1を完全欠損したショウジョウバエが脂質・エネルギー代謝に全く異常を示さないことを見出し、ショウジョウバエの分子遺伝学的手法を駆使して、CPT1経路を代替するミトコンドリアへの新たな脂肪酸輸送経路を探索するスクリーニング系を確立した。昨年度は、骨格筋を標的としてCPT1と他の遺伝子を同時にノックダウンして、脂質代謝に異常をきたす遺伝子を探索し、その結果、ミトコンドリア輸送タンパク質ファミリーに属するSLC25A50を同定した。 本年度は、SLC25A50およびCPT1欠損ショウジョウバエを用いて、個体の脂質代謝におけるSLC25A50の機能解析を進めた。その結果、筋肉特異的なSLC25A50の発現抑制により全身および筋肉におけるトリアシルグリセロール量が増加し、特にミリスチン酸を含む分子種が顕著に増加することが示された。これらの結果から、SLC25A50はミリスチン酸の輸送に関与している可能性が高く、ショウジョウバエは基質特異性の異なる2つの機構を用いることによって効率良く脂肪酸を代謝していると考えられた。本研究で解析したSLC25A50には肥満との相関を示すヒト相同タンパク質MTCHが存在するため、同分子の脂肪酸輸送に関する機能を解明することは肥満などの脂質異常症の予防と治療への貢献も期待される。
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