本研究では,in-cell NMR法を真核細胞のオルガネラ内にある蛋白質の解析法として発展させることを目指した.オルガネラとしては,細胞質と特に異なる環境を保持し,単離方法も確立されているミトコンドリアを主として用いた.蛋白質のオルガネラにおける機能発現のメカニズムは解析すべき重要な生命現象の一つである.一方で各オルガネラ内の物理化学的環境は充分に解明されていない.したがって,本研究の成果は,オルガネラにおける蛋白質の構造・活性相関を解析するためのブレークスルーになる可能性がある. H29年度は,これまでの開発研究を継続し,NMR解析のモデル試料として多用されるGB1と,原核細胞や真核細胞のin-cell NMR研究で実績があるTTHA1718にミトコンドリア移行シグナル(MTS)を付加したものを用い,in-mitochondria NMR手法の完成を目指した.HeLa.S3細胞をホスト細胞として用い,電気穿孔法を用いて細胞質に導入した結果,細胞全体を試料とした際には,立体構造を保持した状態と部分変性が推定される状態が混在したスペクトルが観測された.その後,ミトコンドリア画分を単離しin-mitochondria NMRを測定した結果,良好なNMRスペクトルの観測に初めて成功した.この結果からは,正しい立体構造の形成が示唆された一方,希薄溶液状態や細胞質内のスペクトルと有意な差が得られたことは非常に興味深い.ミトコンドリア・マトリクスが蛋白質動態に与える影響を観測している可能性があり,さらなる解析が大いに期待される. H29年度は上記の結果に加えて,ミトコンドリア内蛋白質の解析に資する,ベイズ推定を用いた蛋白質の立体構造計算法の確立に成功したほか,核移行シグナルを付加した試料をヒト培養細胞に導入して観測するin-nuclei NMR測定についても一定の成果を得た.
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